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海外に行く日本人のために世界の日本人街・日本人が集まる主な場所を調査した

 

そもそも旅行には、様々な楽しみ方がある。

海外旅行に行くなら、ガイドブックに載っているような街だけでなく、イロイロな角度から眺めてみると思い出にもなるし勉強にもなるはずです。

 

今回は、世界に存在する「日本人街」にスポットをあててみました。

いったい海外に滞在する日本人は、どこに集まっているのでしょうか?

そこで、海外で日本人が集まる場所として

  • 日本人街になった場所
  • 日系人が多く集まる場所
  • 在留邦人が集まる場所

 

など、主な国の日本人が集まる様々な場所を調査してみました。

これらを知っているだけでも、海外旅行での行動範囲も広がり楽しくなるはずです。

 

Contents

日本人の海外永住者数は米国とブラジルが群を抜く

「海外在留邦人数調査統計」によれば、海外で暮らしている日本人は約129万人程。

その内、永住をしている人は約43万人。

 

しかもその43万人の8割は、次の10か国に集中していると言います。

  • 米国
  • ブラジル
  • オーストラリア
  • カナダ
  • 英国
  • アルゼンチン
  • ドイツ
  • ニュージーランド
  • 韓国
  • フランス

 

つまり、日本人街が発達するとすれば、これらの国々になるはずです。 

実際には、この10か国には日本人街とまでは言わなくても、日本人のコミュニティや日本人会が結成されているケースがほとんどです。

特に米国とブラジルの日本人街は、日本人永住者の5割が集中しているだけに規模も大きくなります。

 

世界にある「日本人街」を紹介する前に、まずは歴史的に残る日本人街について紹介していこうと思います。

 

日本人街ジャパニーズタウンは在外日本人が多く暮らす所

「日本人街」とは、日本国外において在外日本人が多く暮らす地域のこと。

英語では「Japantown(ジャパニーズタウン)」

ジャパンタウンは、「日本人街」のことを言います。

移民や企業の駐在員として移住・長期滞在する日本人は、日本と人的・経済的繋がりの大きい国の都市などに多く暮らしています。

エリアによって規模も様々ですが、現在はそうした日本人街も集約化されたり、ゴーストタウン化してきているようです。

 

 

かつて東南アジア各地に、最初の日本人町が開かれていたのを知っていますか?

鎖国に入る前の日本人は、朱印船と呼ばれる交易船で自由に海外を行き来していました。

日本人町が造られた都市ではフィリピンのルソンや、ベトナムのダナンやホイアンなどがよく知られていますが、実はアジア最大の日本人町はタイのアユタヤにありました。

 

タイのアユタヤ日本人町は歴史も古く東南アジアで最大級

日本人の海外進出が本格化したのは、16世紀以降。

東南アジアの港町に、日本人が集まって住むようになったのが始まりです。

そのなかでも最大の街がタイのアユタヤ日本人町(16世紀〜18世紀頃)。

16世紀初めに御朱印船貿易に携わった日本人たちが築き、最盛期には20003000人以上もの日本人が住んでいました。

 

日本人の多くは、アユタヤの傭兵としてビルマ軍との戦いにも参戦。

当時の日本人町の町長(山田長政)は、22代ソンタム王から官位を与えられるほどの人物でした。

その後の日本の鎖国で18世紀初めに消滅し、その敷地内には石碑や日タイ修交120周年記念館が設立(2007年)されています。

 

日本人村(アユチヤ日本人町の跡):Japanese Village

営業時間:08:0017:00/無休

住所:Kamang, Phra Nakhon Si Ayutthaya, 13000

 

アメリカの日本人街:代表される3つのジャパニーズタウン

外国に永住している日本人の40%が集中する米国。

なかでも西海岸は、日本人が多く渡航した歴史があります。

第二次世界大戦時には、アメリカの日本人町に住んでいた日本人は、収容所や遠く離れた場所への引越を余儀なくされたようです。

そのため日本人街は、ゴーストタウン化しましたが、戻ることが許された日系人たちによって再復興してきたことで現在に至っています。

最盛期にはカリフォルニア州だけで40近くも日本人街があったそうですが、現在はそうした日本人街も集約化されてきています。

今、活躍している日系人たちは4世や5世になります。

 

現在、アメリカで代表される日本人街は3つ

  • ロサンゼルス
  • サンフランシスコ
  • サンノゼ

ここからは各地区の日本街を、もう少し詳しく紹介します。

 

ロサンゼルスの日本人街:LA中心部のジャパニーズタウン

LAの「リトルトーキョー」の始まりは、1886年にチャールズ・カメ(茂田浜之助)が、日本食レストランをオープンしたことがキッカケで、数万人の日本人が移住してきた街。

第二次世界大戦で日系アメリカ人が強制収容されたため、リトルトーキョーはゴーストタウン化したのですが、終戦に再び街が復興されました。

 

LAのリトルトーキョーは、古き良きものと、現代の新しい文化が融合している魅力的な場所でもあります。

一歩足を踏み入れると、明治時代の日本風建築・提灯や日本語の看板などが軒を連ね、まさに日本を思い起こさせる雰囲気を感じる街並みです。

 

現代のリトルトーキョーは、日本人が暮らす街というよりも、日本の食や文化を楽しむ場所になっています。

日本人観光客も普通に日本食が食べられますが、普段は日本人以外の人種の方が圧倒的に多い状態です。(チップは必要)

 

「日本村プラザ」は、呉服屋・日本雑貨・お土産・レストランが集まっています。

なかでも人気なのが日本のポップカルチャーで、日本のアニメキャラグッズや様々なおもちゃ・雑貨が売られています。

 

サンフランシスコの日本人街:ウェスタン アディションのジャパニーズタウン

サンフランシスコの ウェスタン アディション には、「ソーテルジャパンタウン」通称「リトルオーサカ」と呼ばれるジャパンタウンがあります。

地元では「J town」と呼ばれています。

コンパクトなジャパンタウンですが、日本的な風景を味わえる場所です。

 

1968年に完成したジャパン・センターには、数多くの日本食レストランや日本食材があり、中央広場には「平和の五重の塔」がそびえ立ち、日本風のお店が軒を連ねています。

日本食をはじめとするグルメエリアには、日本でなじみの大手飲食チエーン店も勢ぞろい。

リトルオーサカは、日本語も通じ日本と変わらない環境で生活することができます。

 

シリコンバレーの日本人街:サンノゼのジャパニーズタウン

サンノゼ・ジャパンタウンは、カリフォルニア州サンノゼ市のダウンタウン近くにあり、日系人のお店や住宅が集まっています。

サンフランシスコやロサンゼルスのジャパンタウンは観光地化されていますが、サンノゼのジャパンタウンはどちらかといえば地域に溶け込む小さな街。

現在では、和食レストラン・日系スーパー・日系の土産物屋やお寺など、10数軒が立ち並んでいます。

 

その他:ニューヨークのイースト・ヴィレッジのジャパニーズタウン

ニューヨークには、日本人が約3万人ほど住んでいると言われています。

大規模な中華街が2つあるにもかかわらず、日本人街といえる場所は小規模。

日系書店やコンビニ・スーパーはあるものの、一箇所に日本の店が集結しているところは、イーストビレッジのセントマークス通りくらいです。

ここには、日本食や食材調達にやってくる人が多いようです。

 

米国ジャパンタウンが消滅の危機に瀕している?

コロナの影響で3月のロックダウン以降のビジネスが、危機に直面しているとNBCで報道されました。

店舗の家賃の捻出が難しくなり、毎月閉鎖を決断している店舗が増えている状況にあるようです。

 

特に西海岸の日系人は日本人としての誇りを強く持ち、コミュニティーの結束が強いだけにジャパンタウンを消滅させてしまうのはあまりに残念だという声が多く寄せられているとのこと。

 

ブラジルの日本人街:サンパウロのジャパニーズタウン

ブラジルと言えば、世界の日系人人口ランキングで1位の国。

日本からブラジルに多くの移民が渡った歴史は、日本人なら誰もが知ることです。

ブラジルに戦前から移り住んだ日本人移民は、国に多くの農作物を伝えて「農業の神様」と呼ばれました。

その後も次世代の活躍により、現在までの日系人の社会的地位を築いてきました。

現在ブラジルには、日本人永住者の12%が在住しています。

意外と知られていない世界最大級のジャパンタウンは、ここブラジルのサンパウロにあります。

ちなみに都市圏人口で言うと、サンパウロはアメリカのニューヨークをも超える人口を擁しています。

 

サンパウロは、リオデジャネイロとリティーバに挟まれたブラジル南部の大都市。

移民してきた日本人を中心に発展してきたこの地には、今でも約100万人もの日系人が住んでいます。

そのサンパウロのリベルダージに、最も有名な日本人街があります。

現在は中国人も増加して東洋人街と言われていますが、20年以上前までは日本人街と認知されていた場所でした。

 

ブラジル・サンパウロの「リベルダージ(Liberdade)」

サンパウロのジャパンタウンには名前がついていて、「リベルダージ」と言われています。

2019年には移民110周年を記念して、メトロ1号線のリベルダージ駅が「ジャポン・リベルダージ駅」に改名されたことが大きな話題となりました。

ジャポン・リベルダージ駅を降りて目の前に現れるが、日本のお城!

実はここは銀行で、信号機までが鳥居です。

この界隈には日本食レストランはもちろん、日本の書籍を扱う本屋・日系スーパーもあり、一般的な日本の食材は何でも揃えることが出来ます。

移民してきたからといっても、今もなお日本食を食べている人が多く、日本食材の調達にジャパンタウンがあるというわけです。

 

また、こちらでも日本のマンガは人気で、日本の週刊マンガは1週間遅れで購入できるとか。

七夕祭りでは、和太鼓・日本舞踊・YOSAKOI・空手の演武などが催されるパレードは、多くの人で賑わいます。

リベルダージには、日本好きなブラジル人なども、ショッピングを楽しんだりしています。

 

ハワイの日本人街:モイリイリとワヒアワのジャパニーズタウン

ハワイは観光先としても、移住先としても日本人に根強い人気の地です。

ハワイには、日本系列のお店が多数ありますが、地元に溶け込んでハワイの文化として存在しています。

そんなハワイ島ヒロには、「新町」と「椰子島」という2つの日本人町が栄えていました。

 

日本人移民が集中して住んでいたのがワイアケア半島の「椰子島」

現在この地区には、ヒロ・ハワイアンホテルなど、主だったホテルが集まっています。

ちなみに、カフェ100KTAスーパー、旅行客にも人気のスイサン・フィッシュマーケットは椰子島発祥です。

 

半島からダウンタウン寄りの一角に「新町」

1960年の津波によって新町は壊滅し、今は新町跡にワイロア川州立公園緑地があります。

この地区は昔から日経移民の街として知られ、今歩いていても日本を感じさせるものが数多くあります。

 

ハワイの日本人コミュニティは海外で最大級

ハワイの日系人は、日本語だけで暮らせるほど完成度が高いコミュニティを発展させてきました。

ハワイの日系移民は、150年ほど前に「がんねんもの」と言われる日系移民約150人が始まりでした。

ハワイには、その日系移民の子孫たちが集まって暮らす町があり、日系カルチャーに出会うことができます。

    ホノルルの日本人街:モイリイリ地区のジャパニーズタウン

    「モイリイリ」は、ワイキキからアラワイ運河を挟んだ山側に広がる地域。

    モイリイリには、たくさんの日系移民の歴史が残されています。

    その中の一つ「ハワイ日本文化センター」には、当時の日本人街を知れる資料が多く展示されています。

    モイリイリの中心部の3つの通りのトライアングルゾーンには鳥居が・・・・・

    • キング通り
    • ベレタニア通り
    • ユニバーシティ通り

    が交わる場所には、ホノルルの姉妹都市の広島県から寄贈された鳥居が立っています。

     

    オアフ島の中央部の日本人街:ワヒアワ地区のジャパニーズタウン

    ワヒアワは、ハワイのオアフ島の中央部に広がる地域で、ワイキキからノースショア間のサトウキビ畑があった場所。

    ワヒアワは、19世紀の後半にカリフォルニアなどから移住してきた13人によって、パイナップル畑や缶詰工場などが作られた町です。

    別名「パイナップルの町」とも呼ばれていて、世界でも有数のパイナップル産業の町として栄えてきました。

    この地区では、2月になるとカリフォルニア・アベニュー沿いで、お寺や民家に植えられた桜を楽しむことができます。

     

    ドイツの日本人街:デュッセルドルフのジャパニーズタウン

    ドイツで日本人が一番多い場所と言えば、デュッセルドルフ。

    日本人街は、デュッセルドルフのオーバーカッセルにあります。

    この街は日本好きのドイツ人に人気があり、日帰りで地方から来るほど。

    マンガやアニメがきっかけで、日本に興味を持つ若者たちも大勢やってきます。

    市内にあるハインリッヒ・ハイネ大学には、ドイツ最大規模の「現代日本研究所」が置かれ、約500名の学生が在籍しています。

     

    海外でも日本とほぼ変わらない生活ができるデュッセルドルフは、駐在員の間で「世界で一番赴任したい街」とも言われているそうです。

     

    デュッセルドルフ「インマーマン通り」に秋葉原が・・・

     

    1985年ごろ、インマーマン通りには日本企業がたくさんあったのだとか。現在でも日本食スーパーマーケットの「松竹」などがあり、日本人に慣れ親しんだ食材などを購入することができます。

     

    日本人が多く暮らしているので、街には様々な日本料理屋があります。

    また、日本のアニメグッズや漫画が充実した「高木書店」では、毎週火曜日に雑誌とコミックが入荷します。

    しかも、日本とのタイムラグがほとんどなく最新刊が手に入るのが驚きです。

     

    見本市広場「メッセ・デュッセルドルフ」の「ドコミ(DoKomi)」

    ドコミは、「ドイツ・コミックマーケット」を略した名称。

    デュッセルドルフの見本市広場「メッセ・デュッセルドルフ」の展示ホールにて開催される、ヨーロッパ最大級のオタクイベントです。

    毎年世界からたくさんの人が押し寄せます。(2019年のイベントは2日間で5万人)

    会場ではメイドカフェやホストクラブを体験できたり、カラオケや痛車展覧会など、日本文化を味わえるイベントなのです。

     

    その他にも

    • 年に1回開催される欧州最大の野外イベント「日本デー」
    • ドレスデンが会場となる「デデコ」

    など、毎月のように日本文化やポップカルチャーに関するイベントが行われています。

     

     オーストラリアの日本人街:シドニーのジャパニーズタウン

    オーストラリアに住む日本人は意外にも多いのですが、集まっていないのが特徴的です。

    シドニー北部のアートアモンにも日本人が多く住んでいるようです。

    2016年度のアートアモンの住民9,523人:内2.4%が日本人)

     

    ゴールドコーストにはワーホリで来ている日本人も多いため、比較的日本人が多い。

     

    シドニー北部のアートアモンにも日本人が多く住んでいるようです。

    2016年度のアートアモンの住民9,523人:内2.4%が日本人)

     

    フランスパリの日本人街:パリのグルメなジャパニーズタウン

    在フランス日本人は、40,538人 (2019年10月)

    在仏日本人の過半数は、パリ都市圏に在住しているようです。

    パリの日本人は、特に15区・16区での居住が多く、日本関係の支店・商店はオペラ座周辺に集積しています。

    他の外国人と比べて滞在期間が短いためか、地域住民と関わる暮らしではなく仕事中心の生活を送っていて、日本文化を強く主張することが少ないといった傾向があるようです。

     

    ジャパニーズグルメを満喫したいならパリの「サン・タンヌ通り」

    日本人街があるのは、パリの1区、2区。

    あの有名なオペラ座とパレロワイヤルの間に位置します。

    大きな日本人街をイメージしますが古い歴史があるわけではなく、日本人街として親しまれるようになったのはここ20年ぐらいだそうです。

    実際、日本食レストランや日本食品店が密集しているのは、主にサン・タン通りとプティ・シャン通りです。

    「サン=タンヌ通り」には日本料理屋が並び、日本人はもちろん現地のフランス人も多く集まっています。

     札幌ラーメン「どさん子」などラーメンのお店が密集しているのがプティ・シャン通りです。

    フランス人好みの中細麺に優しい出汁が人気の「うどん 十兵」には、連日行列ができるほど。

    この他にも、お好み焼き・寿司・お弁当屋など、様々な日本食屋が立ち並んでいます。

    日本食以外にも、ジュンク堂や和雑貨のお店があります。

    また、日本のアニメや漫画は人気があるようで、柔道も普及しています。

     

    中国の日本人街:上海のジャパニーズタウン「虹橋・古北」「虹口」

    中国の大都市・上海は日系企業の数では、海外で第1位の国です。

    海外で在住日本人が「5番目」に多い都市。

    中国在住日本人の半数近くの約6万人が上海都市圏に集まっているため、日本人コミュニティも発達しています。

    また、蘇州には日本企業なども多く、6000人ほどの日本人が住んでいるようです。

     

    日本食が充実!上海の虹橋・古北エリア

    上海市の西に位置する「虹橋・古北エリア」は、日系デパート伊勢丹・高島屋・大丸などの百貨店が進出しています。

    2015年にできたばかりの大丸百貨店には、日本でおなじみの日系ブランドが軒を連ねています。

    上海は日本食が食べられる飲食店も多いので、日本食が恋しくなってしまっても安心な場所。

     

    南京西路駅前にある「九州場」では、日本の定番居酒屋メニューのほか、日本酒や焼酎などのアルコール類も楽しむことができます。

     街を歩けば牛丼の「すき家」や、讃岐釜揚げうどんの「丸亀製麺」とも出会えます。

     

     特に古北には日本人が多い高級住宅街で、高層マンションがたくさん立ち並び、地元の上海人からみても少し高級感が漂う地区といえます。

     

    タイの日本人街:バンコクのジャパンタウン

    バンコクの日本人は、ほとんどの人がスカイトレインの沿線に住んでいます。

    特に、アソークから東側の数駅のエリアに集中しているようです。

     

    タイのバンコク「スクンビット地区」

    バンコクのなかでも日本人が多く住んでいるのが、スクムウィット通り付近や、プロームポン駅付。

    プロームポン駅付近には、日系のスーパー・レストラン・バー・クラブなどがあります。

     

    その他にも、

    シーラーチャー郡には、バンコク以外の日本人が集まっている場所と言われています。

    タイ北部のチエンマイには、日本人退職者を中心にした日本人が集まっています。

    最近では、アユタヤに戻ってくる日本人も多いのだとか。

     

    ベトナムの日本人街:ホーチミンのジャパニーズタウン

    ベトナム最大の都市でもあるホーチミンにも、ジャパンタウンがあります。

    このジャパンタウンは、在住日本人の間で「レタントン」と呼ばれ、ホーチミン在住の日本人も周辺で暮らしています。

    レタントンは、15世紀に在位していた皇帝の名前。

    レタントン通りには、ここ数年で日本食店が増加し、寿司屋・居酒屋・ラーメン屋など多くの飲食店が立ち並んでいます。

     

    ベトナム全体で言えば、今でも昔ながらの市場や個人商店が主流ですが、

    •  2009年にファミリーマートが初の日系コンビニ進出を遂げる
    • 2017年にホーチミン市内にセブンイレブン1号店がオープン

    というように、日系のコンビニが増加することで、より手軽に日本の商品を購入できるようになったようです。

     

    また、2年ほど前から「第二の日本人街」が形成されているのが、ファンビッチャン(Pham Viet Chanh)通り

    レタントンが「住む日本人街」なら、ファンビッチャンは「立ち寄る日本人街」という存在かもしれません。

    ハノイには、ホーチミン市のように一箇所に集約された日本人街は存在しませんが、日本食店が点在している場所でもあります。

    ベトナムの日本人街は局所的ですが、ベトナムには今もなお日本人が増え続けているようです。

     

    インドネシアの日本人街:南ジャカルタニシャパンタウン

    インドネシアの首都ジャカルタの首都特別州にある南ジャカルタ。

    その南ジャカルタに位置する「ブロックM」は、日本食料理店やカラオケ・パブもある街です。

    夜も楽しめるスポットがあるショッピングの中心地として、連日多くの人でにぎわっています。

     

    ショッピングモールに、ご当地グルメや日本食レストランなどが立ち並び、ローカルな雰囲気が魅力のジャパンタウンです。

    日本でおなじみの 吉野家・モスカフェなどのファストフード店や、100円ショップのダイソーもあります。

    また、ジャカルタでは日本のポップカルチャーも人気です。

     

    ブロックMでは、年に1度現地在住の日本人による「縁日祭」が2日間に渡って開催されます。

    2018年の来場者数は約35万人!2019年にも多くの参加者が集いました。

    通りには御神輿が練り歩き、日本の名物屋台が並びます。

    また、インドネシア5都市で開催されるコスプレの全国大会ファイナル選も、この縁日祭で行われます

     

    香港の日本人街:大埔のジャパンタウン

    香港にも多くの日本人が住んでいます。

    その中でも、日本人が多く住むエリアと言えば「大埔区」。

    ここには日本語学校があります。

    また、紅カンにも多くの日本人が住んでいると言われています。

    紅カンにはイオンがあるためか、リトルジャパンと呼ばれることもあるのだそうです。

     

    インドの日本人街:ハルディア(コルカタ)インド

    インドは、コルカタにジャパンタウンがあります。

    コルカタと言えばインド西部最大の都市とも言われ、三菱化学の日本人社員などが多く集まって住んでいます。

    ジャパンタウンは「 Sataku」 呼ばれていて、日本の新聞や映画なども見ることができます。

     

    マレーシアの日本人街:モント・キアラのジャパンタウン

    モント・アキラは、クアラルンプールに住む外国人の駐在員が固まって住んでいる場所です。

    特に、日本人・韓国人・シンガポール人の駐在員がこのあたりに集まって住んでいます。

     

    その他にもマレーシアには多くの日本人在住者がいて、

    • Air Itam(ペナン島)
    • ジョホールバル
    • イポー

    などにも、少数ながら集まっています。

     

    まとめ :SNSの普及で日本人街や日本人同士も変化する時代

    地球の裏側でコミュニティを形成する日本人との出会いは、何よりも感動的なものです。

    その他の国で言えば、英国のケンブリッジ・ドイツのミュンヘン・韓国のソウルなどにも、小さいながらも日本人のコミュニティーがあると知られています。

    ちなみにカナダにおいては、ジャパンタウンは消滅してしまったようです。

    アルゼンチンやニュージーランド・韓国については、調べきれませんでしたが、分かればまた追加していきます。

     

    世界には、どこにでも中国人や韓国人が流れ込んできて、街の概念が変化しつつある一方で、SNSの発達で生活スタイルも変わってきています。

     

    SNSが発達することでどうなるの?

    SNSによって世界中に口コミの波及効果が強まりました。

    配車アプリの普及で外国人の行動範囲が広がり「日本人街=日本人向けの飲食街」とは言えなくてきているのです。

    あらゆる壁を超えて日本人同士が交わるようになり、日本人街やコミュニティの形も変化してきています。

    コロナの影響で日本人街だけでなく、世界のあらゆるものが変わって行くでしょう。

     

    それ以前に今の日本人は、海外在住をいつでもやめれるという選択肢があり、日本という帰れる場所を持っています。

    そういう意味でも日本人街が衰退していくのは、必然的な事なのかもしれません。

    海外に行くのであれば、ぜひ、その国の日本人街も肌で感じて来てください。

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