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シンガポールの文化を徹底的に調べました!

シンガポールは国家として誕生してからまだ50年という若い国ですが、「シンガポール建国の父」と呼ばれるリー・クワン・ユーの指導の下、目覚ましい発展を遂げてきました。

人口わずか560万の都市国家がこのような業績を成し遂げることができたのはなぜなのか、ここでは、多民族国家であるシンガポールの文化に焦点を当て、成功の理由を模索してみます。

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Contents

シンガポールの文化形成に影響を与えた要素

ミニ・アジアのモザイク社会と言われるシンガポール。その文化を考えるうえで、見逃すことができないのは、シンガポールの国家形成の過程です。

シンガポールが一つの国として形成していくときに影響を与えたのは、大きく分けて次の4つの要素があります。

もともとマレー人の土地

シンガポールはマレー半島の先端にある小島で、もともとはマレー人約130と中国人約20人が漁業を営んでいましたが周りはジャングルでした。

つい最近までは、中世のシンガポールの歴史は、あまり重要視されていませんでしたが、近年行われた発掘作業では、元や明の陶器や硬貨、またその後の16世紀から17世紀にかけての中国製の磁器などが大量にみつかっているため、シンガポールは、中世の時代からマレー地域の交易の拠点として重要な役割を果たしてきたことがわかっています。

イギリスの植民地時代 (1819 ~ 1941)

1819年、当時東インド会社に勤務していたラッフルズがシンガポールを交易の拠点にしようと上陸し、それを機にシンガポールはイギリスの植民地になりました。

ラッフルズはイギリスの政府からアジア貿易の独占権を与えられていたため、必要があれば軍隊を行使することもできました。

このイギリスの植民地時代にはラッフルズの指導の下、それまでジャングルだったシンガポールを近代的な都市に作り変えました。

そのためラッフルズは「シンガポール建設の父」と呼ばれ、銅像も建てられ歴史の重要人物として尊敬されています。

イギリスの支配は、その後、1942年に日本軍が侵入するまで続きました。

日本の統治下時代 (1942 ~ 1945)

第2次世界大戦も終盤に入った1942年、日本軍がシンガポールに侵入し、それから約3年半、シンガポールは日本の統治下に置かれました。

当時シンガポールは日本人の間で「昭南島」と呼ばれていました。日本の統治者は、シンガポールに日本語や日本の文化を浸透させようとし、学校で日本語を教え、昭南神社も建設しました。

シンガポールの住民を監視するために、密告制度を採用し、反逆者を見つけ出そうとしました。

食料は、戦争中であったため不足がちで配給制になりました。日本の統治者たちは、このようにシンガポールの住民たちに厳しい体制を強いたため、日本人に反発し、マレーシアに逃げた人もたくさんいました。

日本軍がシンガポールを占領した期間は3年8か月だけでしたが、その厳しいやりかたにシンガポール人は抵抗するようになり、だんだんとナショナリズムへと発展していきました。

リー・クワン・ユーに率いられた建国時代(1945 ~ 1965)

リー・クワン・ユーは、客家華人の4世で曽祖父のリー・ボクブンは1862年広東省からシンガポールに移民しました。

英語を話す家系に生まれ英語教育を受けたため、母国語は英語で、幼少期は中国語が話せませんでした。

イギリスに留学し法律を勉強し、シンガポールに戻って来たリーは、政治家になり、シンガポールの国家形成に貢献しました。

民族による国家分裂を避けるために、英語を共通語として統一しました。こうした功績をたたえてリー・クワン・ユーは「シンガポール建国の父」と呼ばれています。

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シンガポールの文化政策

シンガポールはこれまで文化のない国だと言われてきました。それは歴史のところで説明したように、国としてできてからまだ50年ちょっとという若い国で、ほとんどの時間を建国のため、つまり経済などの実際的な部門に力を注いできたからでした。

やっと最近になり、政府が文化政策に重きを置くようになり、いくつかの機関を設立しました。2001年には「ルネッサンス都市宣言」を発表し、芸術分野開発に力を入れることを確約しました。ここではその宣言に基づいて実施されている活動の中で、代表的なものをいくつか紹介します。

芸術評議会(NAC)

1991年に創立されたシンガポール芸術評議会(NAC : National Arts Council)は、シンガポールの芸術文化、特に演劇やダンスなどのエンターテイメント的な芸術を活性化するために作られた評議会です。

政府の芸術発展への思い入れには強いものがあり、政府はNACの収入の50%を助成金として出資しています。

その他いくつかのスポンサーからも資金を得ています。集められた資金は人件費、プログラム経費、そして助成金などに使われます。

NACの事業部門は大きく分けて、「芸術家の育成」「鑑賞者の育成」「芸術文化事業の展開」の3つに分けられます。

芸術家の育成では芸術家や芸術家団体に助成金を提供したり、コンクールなどを開いて芸術的な才能の育成を図ります。

これとは別に興味深いのが、老朽化した施設を芸術家のための施設に作り変え、安く貸し出し芸術活動を支援しようという事業です。

「鑑賞者の育成」部門では、教育分野、特に小・中・高の教育を通して、芸術・文化教育を更に力強く浸透させていくことを計画に入れています。

また、一般の人々の芸術・文化の意識を高揚するために、コミュニティーの様々な場で、無料のイベントなどを開いて広く一般の人にも芸術・文化を広めようとしています。

「芸術文化事業の展開」部門では、国内、国外から様々なアーティストを招き、イベントを開催するてめの資金を援助します。

国立文化財局(NHB)

国立文化局(NHB : National Heritage Board)は、先に紹介したNACと同様、シンガポールの文化政策の一環を担っていますが、NHBは、主に美術に焦点を当て、美術館や博物館の運営に力を注いでいます。

NHBの収入は政府によるものが60%以上を占め、後は美術館や博物館での入場料などで補っています。

集まった資金は、主に美術館や博物館の運営費に充てられています。

現在、NHBの傘下に置かれているのは次の5つの施設です。「シンガポール歴史博物館」「シンガポール美術館」「アジア文明化博物館」「国立古文書館」「文化財保存センター」。

これらの施設については、別の章で詳しく説明しますが、NHBは、施設をただ単に運営するだけでなく、各学校とも連携を取り、生徒たちが美術作品などを実際に鑑賞して、文化的なものを感じ取り情緒を豊かにできるよう様々なプログラムを企画しています。

芸術文化新戦略(ACSR)

芸術文化新戦略(ACSR : Arts & Culture Strategic Review)は2010年に発表された新しい芸術文化政策で、発表された年から今後15年間、つまり2025年までの芸術文化政策を謳ったものです。

そのコンセプトは、国民の芸術文化レベルの向上で、芸術鑑賞度を40%から80%に、芸術活動を20%から50%に上げることを目指しています。

ACSRはこの目標を達成するために、芸術と言うものを日常的なレベルにまで広げようと様々な企画を立てています。

将来構想 :「熱帯グローバル創造芸術都市国家」

「熱帯グローバル創造芸術都市国家 (A Tropical Global Creative Art City-State)」とは、2015年に亡くなったリー・クワン・ユーが亡くなる少し前に打ち出した都市国家としての究極の姿をまとめた言葉です。目指す都市国家は欧米の4つの都市であるベニス、パリ、ロンドン、ニューヨークの特徴を備え合わせた都市を意味しています。

具体的にはベニスのような「歴史都市」、パリのような「高度な文化都市」ロンドンのような「国際都市」そしてニューヨークのような「ビジネス都市」で、その複合的な姿を熱帯であるシンガポールで実現したいと言うのが「熱帯グローバル創造芸術都市国家」構想なのです。

残念ながら、リー・クワン・ユーはこの構想案を実現せずに亡くなってしまいました。その後、彼の後継者がこの構想案をどのようにとらえているかは掴めていません。

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シンガポールの多民族文化

言語

シンガポールは、多民族文化の国です。中華系が70%以上を占めていますが、そのほかマレー系、インド系、アラブ系が主な民族です。

このため、もっとも大きな問題となるのが、言語です。

シンガポールではこうした民族の存在を反映して公用語を英語、華語、マレー語、タミール語の4つとしていますが、この中で一番使われるのが英語です。

公用語の一番に英語が入っているのは、言語が理由で起こる国家の混乱を防ぐため、建国の際に、学校教育では英語を第一言語とし、第二言語を自由に選ばせる方針を取ったからです。

これが功を奏して、英語により民族が統一され、しかもそれぞれの民族としてのアイデンティティーも守られたため、国家が混乱に陥ることはありませんでした。

この言語の使い分けは、例えば、シンガポールのラジオ放送でも見られます。ラジオ放送は国営で6チャンネルありますが、言語によって振り分け、チャンネル1が英語、2がマレー語、3が中国語、4がタミル語で、あとの2つは音楽用のチャンネルになっています。

このようにシンガポールでは、英語が第一の公用語となっていますが、最近の世界情勢でも英語が世界の共通語になりつつあり、英語を第一言語としたことはグローバル的なビジネス面で大変有利で、シンガポールの成功の大きな要因と考えられています。

ただ、「シングリッシュ」と呼ばれているように、純粋な英語ではなく、それぞれの民族の言語と混ざった独特な英語を作り出しており、外国人が聞いてもわからない言葉が多いです。

そのため、2000年ごろから正しい英語を話そうというキャンペーンが繰り広げられることになり、特に教師になるためにはNEIと呼ばれる言語学校に1年通い卒業しなければいけなくなりました。

こうした努力の甲斐があってか、シンガポール人の英語のレベルはかなり向上しました。

シンガポールは多文化国家

シンガポールには多民族が住んでいますから、祝日や催し物なども各民族の特徴を反映したものがあります。この章では各民族ごとに伝統や習慣などを見ていきたいと思います。

【イギリス文化】

昔イギリスの植民地だったシンガポールには、イギリスつまり西洋的な文化の影響を受けたものがあります。最も影響の大きなものがキリスト教の影響です。

もともと華人が75%を占めていますから、宗教としては仏教と道教の信者が最も多いのですが、最近はキリスト教の信者が増えています。

これは「ニュー・クリエイション」などのキリスト教の新興宗教などが力をのばし、若い世代にアピールし改宗に成功していることと、英語教育が盛んになり西洋の影響をさらに受けるようになったためと考えられています。

民族が多様であるということは宗教も多様ということで、状況が悪化すれば宗教間の対立が簡単に引き起こされる可能性があるため、政府は、信仰の自由を保障する一方で、宗教間の対立を厳しく取り締まる法律も制定しています。

キリスト教の一番大きな行事がクリスマスですが今や世界中の行事になったこのイベントは、シンガポールでも盛んに行われています。

ただし、他の国と同様、商業的な面が強く、11月ごろからクリスマス商戦が始まり、街はクリスマスの飾り一色になります。クリスマスの当日には、各家庭で子供達へプレゼントが渡されます。

【マレー文化】

マレー文化は、シンガポールが現在の国家として建国される前からあった文化です。マレー人の人口は13%で華人よりもずっと少ない比率ですが、シンガポールの国語はマレー語で、国歌はマレー語の「マジュラ・シンガプーラ」〈進めシンガポールを意味します〉、紙幣に載っているのはマレー人の初代大統領のユソフ・イシャクです。

このように優位にあったマレー文化ですが、イギリス植民地時代に、マレー人は主に農業や警察などの警備の仕事に雇われていたため、ビジネスへの参画が遅れ、結果としてその頃大量に移民してきた華人に圧倒され、社会的な地位を下げることになってしまいました。

この後退に影響を与えたものとして、もう一つの要素があります。それは、マレー人の宗教です。シンガポールのマレー人はほとんど100%がイスラム教の信者です。

シンガポール政府は、マレー人の宗教を尊重し、イスラムの制度に則った裁判ができるシャリーア裁判所やモスクの建設などを認めてきましたが、その一方で、ムスリムの女性が頭にかぶるイスラム教独特のスカーフ「ヒジャブ」の着用を禁じてきました。

これは、政府がイスラム教があまりにも強くなることを恐れたためです。さらに拍車をかけたのが、最近のイスラム教徒の過激派によるテロです。

これは世界的な傾向でもあるのですが、シンガポールも例外ではなく、イスラム教徒に対する風当たりが前よりも強くなっていることは確かです。ただ、これに対してもシンガポール政府は、宗教の対立が、国民間の対立にならないよう、対話政策を推し進めています。

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【中華文化】

シンガポールの中で、最も人口が多い華人。それだけに大きな影響力を持つ中華文化は、華僑と呼ばれる外に出た中国人の文化です。

その昔中国は農業国で貧しく、国内で生活できない者は、活路を求めて、様々な外国に移住しました。

ゴールドラッシュでアメリカやオーストラリアへ渡った者、現代ならば商売をするためにアフリカに移住した者など、多くの中国人が果敢に生活の場を求めて国を出ました。

シンガポールも例外ではなく、1981年にラッフルズがシンガポールに上陸し、貿易港として開港した際に、労働力として多くの中国人が入ってきました。

一口に中国人と言っても中国本土は広いですから、こうした人々は中国の様々な地域から集まってきた人達で、同じ中国人でも各地方の方言を話していたため、お互いに理解できず、結局同じ地域の人たち同士が集まるようになりました。

こうしてできたのが、華人会館です。これは相互の扶助を目差した組織で、来て間もない同郷者を助けたり、商売を始めるときの資金繰りに一役買ったり、更には学校や病院を作ったりと、華人の団結力の強さを活かし、シンガポール発展の大きな機動力として大切な役割を果たしてきました。

1965年にシンガポールが独立してからは、華人会館が担っていた役割は政府が担うようになり、華人会館自体はだんだんと衰退していきました。

特に若い世代の関心を引くことができませんでしたが、1980年代に入り、政府により、各民族がそれぞれのルーツを再度見直し、伝統などを継承すべきだという呼びかけがあり、1985年に127あった華人会館の代表者を一堂に集め、「宗郷総会」という組織が結成されました。

この宗郷総会により、華人の文化や伝統に関した様々なイベントが開かれるようになりました。また、最近ではビジネスや人の交流に重きをおいた中国本土との往来が盛んになっています。

旧正月(チャイニーズニューイヤー)

旧正月は、中国はじめ、仏教の影響を受けている東南アジアの国々では一年のイベントの中でもっとも大きなものです。

旧歴では1ヶ月が28日で成っていますから、旧正月は西洋のカレンダー上では毎年日付が変わります。

旧暦のカレンダーを使っている人にとっては問題ないのですが一般的な西洋のカレンダーを使っている場合には、確かめておかないといつがその年の旧正月なのかがわからなくなってしまいます。

旧正月の大きな特徴は、爆竹、獅子の踊り、赤と金の飾りです。海外に住んでいる中国人だとチャイナタウンが旧正月イベントの中心になります。

こうした旧正月の祝い方はシンガポールの華人の間でも大体同じなのですが、一つ違うのは爆竹の取り扱い方です。

シンガポールでは1972年に爆竹で多くの人が怪我をする事件が発生し、それ以降、実際に火をつける爆竹や花火は法律により禁止されています。

その代りに、爆竹のある旧正月の雰囲気を楽しむために電子爆竹が使われています。

またこの事件をきっかけに爆竹に代わるものとして始められたのが「チンゲイ・パレード」です。

チンゲイというのは「仮装芸術」の意味で、このパレードでは、日本、韓国、台湾、タイ、インドネシア、フィリピン、インド等の民族団体がはなやかな衣装で仮想し、シティーホールを通り海岸沿いのマリーナまで、それぞれの踊りを披露します。

チンゲイ・パレードは2日間行われますが、時間帯は夜の8時に始まり10時ごろまで続きます。

その他の華人関係のイベントとしては、旧歴7月15日に行われる、孟蘭節(ハングリーゴースト・フェスティバル)があります。

これは道教の慣わしの一つです。このフェスティバルは旧暦の7月のころにこの世をさまようと考えられている死者の霊に対し、お供えをして、霊を慰めるというものです。

この時期になると各家の周りには金属製のゴミ箱が置かれるようになります。

このゴミ箱に、紙でできたお金、車、時計、宝石などを入れそれを燃やして霊を慰めます。ですからこの時期のシンガポールでは紙を燃やす姿があちこちでみられ、町中煙の臭いに包まれます。

また、物質的な満足ではなく精神的に満足させることも必要と考えられているので、にぎやかに食事をしたり、せり売りをする風景も見られます。

フェスティバルのようなものも開かれ、「ゲタイ」と呼ばれるパーフォーマンスも披露されます。この「ゲタイ」では、昔は伝統的な歌や踊りが披露されましたが、最近では派手な衣装を付け、英語などのポップソングなどが歌われたりします。

【インド文化】

シンガポールに住むインド人にとってもっとも大事な行事は、タミール歴のタイ月の満月の日にあたる1月22日に行われるヒンズー教の祭「タイプーサム」です。

この祭りは、「シヴァ神」の息子である「ムルガ神」に捧げられるものですが、珍しい祭りの一つとしてあげられています。

その理由は、信者が自分の体に鉄の串を刺し、カバディと呼ばれる一人用の神輿を担いで、スリ・ベルマル寺院からスリ・タンダユタプニ寺院までを練り歩くためです。

スリ・ベルマル寺院はリトル・インディアのエリアにあり、スリ・タンダユタプニ寺院はバーバレーロードの近くにありますから、練り歩く距離は約3キロになります。普通に歩くときにはそれほど長い距離ではありませんが、なにしろ体に鉄の串を刺ししかも重さ10キロもある神輿をかついでいるのですから、その痛みがどれくらいなものか想像がつくと思います。

あまりにも壮絶なため、この祭りの発祥地であるインドでは、禁止されたそうですが、シンガポールとマレーシアでは、今でもまだ行われています。痛みを感じ苦しんだ分だけ、ご利益があるということでしょうか。

【アラブ文化】

シンガポールではアラブ人は少数派ですが、アラブ人もアラブ街を形成して、自分たちの文化を守っています。

最も大きな位置を占めるのがサンタルモスクで、ブギス駅から歩いて15分の所にあります。このモスクの周りがアラブ街になっています。

モスクは時間を限って、一般に公開されていて、英語やそのほかの外国語の案内があるので、アラブ文化を知るには大変良いスポットになっています。

アラブの文化のもう一つの特徴は、女性が身に着けるヒジャブです。シンガポールでは色鮮やかなヒジャブや刺繍やスパンコールをあしらったヒジャブもあり、主にアラブ街にある店で売っています。

【プラナカン文化】

プラナカン文化は中国文化、マレー文化、そしてヨーロッパ文化を融合したものです。

プラナカンとはマレー語で「現地生まれ」を意味します。

始まりは15世紀後半、マラッカやシンガポールにやって来た中国人やインド人、フィリピン人の男性が現地のマレー人の女性と結婚して生まれた文化です。

プラナカン文化は、マレー人女性の華やかな感性が作り出した美術品や工芸品によって特徴づけられます。

また、男性の方は商売をしている人がほとんどだったので、住居として2階建ての建物の1階を店にし、2階を住居とする居住形態つまり「ショップハウス」も特徴の一つになっています。

ショップハウスはパステルカラーに塗られているので、人目を引きやすく、観光のスポットにもなっています。

そうした家が良く見られるのは、チャイナタウン近くのネイル・ロードやブレア・ロードです。ネイル・ロードには、「ババ・ハウス」と呼ばれる建物があり、無料で館内を見学できます。ただし、予約が必要です。

このほか、カトンエリアでもプラナカン文化に出会えます。

特に「ジョー・チアット・ロード」にはカラフルな建築がたくさんあります。

もう一つの観光スポットは、アルメニアン・ストリートにあるプラナカン博物館(Peranakan Museum)です。

この博物館は3階建てで、プラナカンの歴史、習慣、文化などを紹介しています。

特にビーズ刺繍や陶器の展示物が素晴らしいです。また、館内には、雑貨などを取り扱っているショップもあり、(火)~(金)で無料の日本語ガイドのツアーも利用できます。

■ 基本情報

  • 名称: プラナカン・ミュージアム(Peranakan Museum)
  • 住所: 39 Armenian Street
  • アクセス: MRTシティ・ホールから徒歩10分
  • 営業時間: (月)13:00~19:00、(火-木、日)9:00~19:00、(金)9:00~21:00
  • 定休日: 無休
  • 電話番号: +65-6332-7591
  • 公式サイトURL: http://www.peranakanmuseum.sg/(英語)
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シンガポールのレジャー・スポーツ文化

シンガポールのカジノ

シンガポールにはカジノが2つあります。マリーナベイサンズとリゾートワールドセントーサーです。

どちらもIRと呼ばれる総合リゾート施設で、カジノの他に、ホテル、ショッピングセンター、レストラン、展示会場などを備えています。マリーナベイサンズは港湾エリアにあり、リゾートワールドセンターサーはセントーサー島にあります。

決まりの厳しいシンガポールに「カジノ」が入ってきたことは、それまでのシンガポールのイメージからは想像できないことですが、カジノが導入されるまでには、やはり紆余曲がありました。

まず、カジノ建設の話が出たのは1985年ですから30年以上も前からこの話がもちあがっていたことになります。

当時この提案は国会で却下されましたがそれから20年ほどたった2004年に、通商産業大臣により改めて提案され、この時に合法化の決定が下されました。

では、なぜ提案が承認されたのでしょうか。この疑問への回答には中国の経済発展がその背景にあります。

中国が経済発展を遂げ、多くの中国人が海外に観光に行くようになりました。

シンガポール政府は、そうした中国人を引き付け国家の収入を増やすためには、カジノは絶好の観光スポットになりえると判断し提案に至ったのです。

この提案は、それまでカジノに反対していたリー・クワン・ユーが意見を変えて指示したことで、より現実味を帯びたものとなり、最終的に合法化するという判断が下されました。

実際にカジノが開業されたのは2011年ですが、2009年に968万人だった観光客は2013年には1550万人に増えました。

しかしその一方でシンガポール政府はカジノが国民に与える影響について完全に楽観視しているわけではありません。

そのため、自国民に対しては、観光客に対するのとは違った規制を敷いています。

まず、観光客が無料でカジノに入れるのに対し、シンガポール自国民は入場料として100シンガポールドルの支払いを要求されます。また生活保護を受けていたり、ギャンブル依存症にかかっている人はカジノに入ることはできません。

シンガポールのスポーツ 

【サッカー】

シンガポールで行われるスポーツで特に人気があるのがサッカーです。

ただ、2012年に博報堂が行ったグローバル生活調査のリポートによると、サッカーは主に観戦するのに人気があり、実際にやっているスポーツではジョギングがトップを占めています。

シンガポールのサッカーはマレーシア時代も入れると歴史が長く、1921年に発足したマレーシア大会(後にリーグに変更)に出場してから、通算24回優勝していますが、24回目(1994年)を最後に脱退しました。

脱退の理由は八百長疑惑があったためとされていますが、その2年後の1996年には、Sリーグと呼ばれるプロのシンガポールのサッカーリーグが結成されました。

最初の加盟チームは8チームでしたが、1999年には12チームにまで増えました。

ただ、財政難に陥って脱退するチームが出てきたため、シンガポールのサッカー協会(FSA)は、「ヤングライオンズ」という23歳以下のチームを結成させたり、華人だけのチームを構成するなどいろいろな対応策を実施しました。

また、外国のチームの参加も呼びかけ、日本から「アルビレックス新潟シンガポール」が加盟しました。

その他、アフリカ、韓国、中国、フランスなどの選手の参加もありましたが、どれも長続きせず、結局今残っている外国人チームは日本のアルビレックス新潟シンガポールのみとなりました。

このように、1999年以降、リーグの参加チームは増減を繰り返しましたが、2016年のリーグ参加チームは9チームのみで、そのうちブルネイDPMM FCは招待参加となっています。

【マラソン】

シンガポールの最も盛んなスポーツはジョギングですが、そのためか、シンガポールではマラソンの大会が多く開かれています。

今手元にある情報だけでも毎年11ものマラソンのイベントが開催されています。その中でも主な6つを紹介します。

シンガポールマラソン(SingaporeMarathon)

シンガポールで開催されるマラソン大会の中で最も有名な大会です。12月3日に開かれ、フルマラソン、ハーフマラソン、10キロレース、子供マラソンの4種目があります。朝の6時半にハーフマラソンを皮切りにレースが始まります。

 

・サン・ダウンマラソン(SunDownMarathon)

スタートが夜の8時という文字通り太陽が沈んでから行われる夜のマラソンです。シンガポールは日差しが強く暑い所なので、走る者にとってはやりやすいレースといえるかもしれません。

このマラソン大会の呼び物は「ウルトラマラソン」。なんとこれは84キロを走るレース。通常のフルマラソンのコースを2周することになります。

 

・ミズノ・マウントフェーバー・ラン(MizunoMountFaberRun)

ミズノ・スポーツが主催する大会で、チョンバル方面の住宅地からスタートし、セントーサー島へのケーブルカーがあるフェイバー山を走るマラソンです。距離的には短いのですが、さすが山を登りながら走るだけあって、かなり難儀なレースです。

 

・SAFRAシンガポール・ベイ・ラン&アーミー・ハーフマラソン(SAFRASingaporeBayRun&ArmyHalfMarathon)

この大会の特徴は、参加者が7万人と、シンガポールで行われるマラソン大会の中で最も多いことです。この大会には、一般の参加者はもちろんのこと、軍隊のメンバーも参加します。

種目は、ハーフマラソン、⒑キロ、6キロの3つ。エンターテインメント施設であるエスプラネードの前からスタートし、街の中心街でゴールです。

・イエロー・リボン・パッションラン(YellowRibbonPrisonRun)

「イエローリボンプロジェクト」の一環として9月に行われるレースイベントです。「イエローリボンプロジェクト」は囚人たちのスムーズな社会復帰をサポートする社会運動であるため、このレースは、チャンギ刑務所からスタートし、8キロ地点からゴールまでは、刑務所の堀の中も走ります。

参加者は黄色いTシャツを着て走り、それにより、プロジェクトの趣旨を一般の人に理解してもらうことをアピールします。種目には10キロと5キロのコースがあります。

・ザ・ノースフェイス100シンガポール(TheNorthFace100Singapore)

このレースは2008年にアジアパシフィック圏内始まった100キロを走るマラソンです。シンガポールでは11月に開催されます。しかも、山道もあるため、普通のマラソンよりもずっと過酷なレースです。

種目は100キロを2人で走る「100キロデュオ」、50キロを1人で走る「50キロソロ」そのほか「25キロソロ」と「13キロソロ」があります。大変なレースなので、脱水症状にならないよう、また緊急事態発生への対応として、水、食料、携帯電話、コースマップ、応急処置キットなどをもって走らなければなりません。

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シンガポールの文化施設

【シンガポール植物園(世界遺産)】

シンガポール植物園は、東京ドームの13個分に匹敵する広大な敷地を持ち、南北に細長い形状で、園内には国立洋ラン園、進化園、生姜園、植物センター、こども園、三つの湖などのエリアがあります。

国立洋ラン園には、3000種もの洋ラン、約6万本が植えられており、シンガポール植物園のハイライトとも言えるエリアです。

そのため、植物園の中では唯一入場料(大人5シンガポールドル)を必要とします。

また有名人がこの園に訪れた際にその訪問を記念して、新種の蘭にその有名人の名前を付けて展示することもあります。

進化園では、地球が誕生して以来地球で生育してきた植物の進化を展示しています。

また、生姜園には、亜熱帯地方の生姜が1000種類以上も集められています。子ども園は正式には「ジェイコブ・バラス子ども園」と呼ばれていますが、これはこの公園の寄贈者ジェウコブ・バラスにちなんでつけられた名前です。

園の中には、遊具や水遊び場などが設けられています。植物園にある3つの湖は、シンフォニー湖、エコ湖、白鳥の湖で、その周辺は娯楽エリアになっていて、ビジターセンター、店、レストランなどがあります。

シンフォニー湖の近くには野外音楽堂があり、週末など無料コンサートが開かれることもあります。

また、シンガポール植物園は、朝5時に開園するため、市民が「朝活」をする場としても利用されています。

朝活のなかでもっとも人気のあるのが太極拳ですがそのほかジョギングや散歩を楽しむ人もいます。

このように様々な特徴を持つシンガポール植物園ですが、これまで東南アジアにおける熱帯植物の調査や研究に貢献してきたことが認められ、2015年には、シンガポールで初の世界遺産として登録されました。

【アジア文明博物館エンプレス・プレイス】

アジア文明博物館エンプレス・プレイスは、シンガポール川の河口にありますが、ここではシンガポールに過去200年の間に定住した民族の歴史を学ぶことができます。

館内にはギャラリーが11あり、「東南アジア」「西アジア」「南アジア」「中国」「シンガポール川」の5つの地域に分けて、それぞれの工芸品が約1300点が展示されています。

アジア文明博物館の名前に「エンプレス・プレイス」という呼び名がついているのは、この博物館の建物が19世紀に建てられたエンプレス・プレイスという歴史的な建物を改造したものだからです。

博物館になる前は、住民登録などを行う政府の庁舎として使われていました。

館内の見学には1時間ほどを要します。また外国語にによるガイドツアーも利用でき、その中には日本語もあります。

【シンガポール国立博物館】

シンガポール国立博物館(National Museum of Singapore)は、実際に博物館として正式にオープンしたのは1877年ですが、その前は図書館の一部を使って1849年から博物館として利用されていました。

現在の博物館は、白亜でできた美しい建物で、ビクトリア女王即位50年を記念して造られました。

博物館の主な展示室は、歴史展示室(Histroic Gallery)と生活展示室(Living Gallery)です。

歴史展示室では14世紀から現在までのシンガポールの歴史に関する資料が展示されています。中でも日本占領時代の資料は、日本人にとっては、心痛むものかもしれませんが、歴史の一部として貴重な資料です。

例えば、掛けられた無数の自転車は、日本軍がシンガポールやマレーシアに侵入した時に使われたものだそうです。

シンガポール政府はそういったものをあえて展示することにより、恐ろしい戦争と言うものを繰り返させないよう訴えているのです。

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シンガポールの食文化

シンガポールの食文化の特徴は2つあります。一つは外食文化であり、後の一つはエスニックの食文化です。

外食文化

シンガポールは勉強・学歴を重んじる社会です。このことは、男性だけでなく、女性にも広く推奨されてきたため、女性のほとんどが職を持っています。

男性も女性も仕事中心の忙しい毎日を送っているため、家庭で料理をする習慣がなく、食事はほとんどが外食です。

この食事の習慣が、シンガポールの特徴である「外食文化」を形成してきました。

最初のころは路上の屋台で簡単な食事をするのが一般的でしたが、シンガポールが発展するにしたがって、もう少し快適な環境で食事ができるようにアレンジされるようになりました。

それがフードコートやホーカーズと呼ばれるエリアです。フードコートやホーカーズでは24時間やっていたり、朝早くから開いているところも多く、安く食べれるというのが魅力です。

多様な食材・料理

これまでも書いてきたように、シンガポールには多民族が住んでいますから、食文化も多様です。

代表的なフードコートであるマックスウェル・フード・センターに行くと、様々な民族料理が一堂に会し、それぞれの味を楽しむことができます。

【中華料理】

一口に中華料理と言っても、その料理が中国のどの地域のものかにより、味に違いがでてきます。

主なものでは、「広東料理」「四川料理」「上海料理」「北京料理」があります。また、味付けも、シンガポール人の口に合うように少し変化させたものもあります。

そして飲茶と言って、シュウマイや肉まんなどのスナックをお茶を飲みながら食べるレストランも数多くあります。

【マレー料理】

マレー料理の特徴は、ココナツミルクとサンバルを使っていることです。サンバルは、唐辛子やニンニクなどをトマトのペーストで混ぜたものです。

これに海老を発酵したトラシと呼ばれるものを混ぜます。かなり強い匂いなので、慣れないと抵抗があるかもしれません。

代表的な料理はナシゴレン(肉カレー、野菜、目玉焼きなどの付いたご飯)ラクサ(マレー式の麺料理)などですが、その他ビーフを柔らかく煮込んだ料理も人気があります。

【インド料理】

インド料理といえばカレーですが、それでも北インドと南インドでは、微妙な違いがあります。北インド料理はそれほど辛くなく、エビやトマトを使っています。南インド料理は、ベジタリアン料理で肉はほとんど使いません。また香辛料がたくさん使われているのが特徴です。

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シンガポールの産業

概要

通常シンガポールの産業と言うと、観光や金融といったイメージが強く、製造業はほとんどないのではと思いがちですが、意外なのは、製造業がGDPに占める割合は20%もあることです。

この数値は日本と変わらないくらいで、意味するところはシンガポールもれっきとした工業国であるこということになります。

またその地理的な優位点から、外国の企業にとってもメリットの多い所で、日系企業のシンガポールへの進出も多く、日本の海外投資先を見ると、アメリカ、イギリスに次いでシンガポールは第3位となっています。

主な企業は、三井化学阿、住友化学、セイコー、ヤマザキマザック、シマノ、村田製作所、デカンなどです。

この章では、シンガポールの文化の一面として、シンガポールの産業政策と産業の現状などについて見ていきたいと思います。

経済政策

シンガポール政府は、独立当時から明確な経済政策を発表し、それに基づいて産業を発達させてきました。

具体的な政策は、市場経済、外国資本の誘致、自由貿易、そして公・民の癒着排除などです。

こうした政策はシンガポール経済の根幹を支えているものですが、もちろんどの国にもあるように、シンガポールの経済も浮き沈みを経験してきました。

最初の危機は1985年で、この年より数年前に労働者の賃金を大幅に上げたため、国際競争力が落ち、独立してから初めてマイナス成長になってしまいました。

このため緊急に対策会議を開き、法人税などを引き下げることにより、企業が経営コストを低減できるようにし、競争力を取り戻しました。

その後も1990年から始まった湾岸戦争、2001年のITバルブの崩壊、そして2008~2009年の世界経済危機の影響など、シンガポールの経済もその度に影響や打撃を受けてきましたが、その都度経済モデルの見直しを図り、危機を乗り越えてきました。

具体的に行った対策は、「法人税・個人所得税の引き下げ」「サービス産業のニッチ部門の新興」「外国人の受入れ調整(経済環境に応じて緩和したり規制したりすることにより調整)」「労働生産性の引き上げ」などです。

シンガポール政府は、また産業開発の管理面でも大きな役割を果たしてきました。

国家にとって重要となる分野、つまり住宅、エネルギー、金融、インフラなどに関してはそれぞれ関連の政府機関を設け管理してきました。

特に、海外資本の融資を管轄する「経済開発庁」が1961年に設立され、それ以降、海外資本の融資を助長するために工業団地を築いたり、新しい製品を導入する際の調査などを行ってきました。

また民間部門においても政府はかなりのレベルまで投資をしてきました。

シンガポール政府の産業政策はシンガポール国内にとどまらず、海外への投資もしてきました。その一つが品川シーサイドタワーへの投資で、またアジアの国々の不動産にも投資をしてきました。

海外資本

シンガポールの経済、産業において海外資本は根幹となる役割を果たしてきました。

例えば、外資系企業と外国人労働者が国のGDPに占める割合は44%にもなっています。

独立まもないころは、製造部門での海外資本の融資に重きを置いていましたが、国民の教育レベルがあがり、より高い技術が持てるようになったため、製造分野でもより付加価値の高い分野やサービス産業へと移行していきました。

このような分野でより多くの海外資本を誘致するために、シンガポールは良い産業環境づくりを継続的に行ってきました。

そのため、国際金融公社(IFC)が毎年行っているビジネス環境調査では、シンガポールは2015年までの10年間トップの座についています。

ちなみにこの調査では、2位がニュージーランド、3位がデンマークとなっています。

ではシンガポールがどのようにビジネス環境を改革・改善してきたのでしょうか。いくつかの産業分野に焦点をあててその活動内容を見ていきたいとおもいます。

金融業界

ロンドンに基盤を置くZ/Yenグループは2015年のグローバル金融センター指数(GFCI)を発表しましたが、それによるとシンガポールは、ロンドン、ニューヨーク、香港に次ぎ、第4位になっています。

この評価ではシンガポールの豊富な金融商品や資産運用拠点としての優位性が高く買われています。

シンガポールの金融業界は、今でこそ、このような高い位置にありますが、ここに至るまでは長い道のりでした。

シンガポール政府が独立まもない1968年に始めたことは、「シンガポール開発銀行」を設立することでした。

次にシンガポールにバンクオブアメリカの支店を開設し、アメリカにいる中国人が持っていた資金を預金してもらい、それをマレー域内の需要に対して提供し、金融市場を確立していきました。

このお金は通称アジアダラーと呼ばれています。これによりより多くのマネーが蓄積され、2015年の時点で、シンガポール内にあった残高は、1兆1160億米ドルにのぼっています。

また、シンガポールでは外国為替市場も強い部門となっています。特に最近になりASEAN域内での経済発展が著しいため、2013年に行った調査では、外国為替の取引額は1日あたり3830億ドルで世界第3位となっています。

このほか2000年に入ってからは、中東にも目を向けイスラム金融にも進出しています。

航空機産業

近年の世界的な旅行ブーム、そしてネット販売などによる輸送の増加に伴い、航空機産業は、これからますます必要とされる産業だと考えられています。

特にアジア地区ではその傾向が強いため、旅客機や商用機の需要がこれから先も伸びていくことが予想されています。

この産業でシンガポールが担っている業務はMROと呼ばれる一連の航空機の保全、修理、オーバーホールなどの作業ですが、今後航空機の増加が予想されるため、この業務の必要性も更に高まるものと考えられています。

また、航空機のMROだけでなく、航空機の設計や製造においても、シンガポールは大事な役割を果たしています。

現在多くの海外の企業が複合航空エンジンコンポーネントに関心を示すしているため、シンガポールはこの分野で、これまで培ってきた技術をフルに活かそうとしています。

2008年から始まったエアーショーはシンガポールの航空産業における高い技術を世界に示した一つの例だと言えます。

このイベントはその後2012年には、128か国が参加し、全体として300億米ドルを上回るほどの商談が成立しました。

シンガポールの強みは、このように高いレベルにありながらも、さらに前進することをやめないことです。

その一環として、2012年には、「セレター・エアロスペース・パーク(SAP)」と呼ばれる航空宇宙産業専用の工業団地が作られました。

ここには滑走路もあり、様々なテストができるようになっています。SAPには、建設されて以来、ロールスロイスを初めとする外資系大手企業やサプライヤーなどが集まるようになり、大きな成果を収めてきました。

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化学業界

シンガポールの化学業界で中心となっているのはエネルギー、石油化学、そして近年注目されている特殊化学部門です。

特殊化学というのは、様々な製品の性能を上げるために使われる化学薬品やポリマーのことで、繊維、排水処理、農業、ガス開発、エレクトロニクスなどの分野で使われています。

化学業界にはシェル、三井化学、BSAF、ランクセス、エクソンモービルなどの外資系大手企業が進出しています。

日系企業である三井化学は、シンガポールとのビジネス関係も30年以上と長く、これまでに9億シンガポールドルを投じてきました。その拠点はジュロン島にあります。

現在、350億シンガポールドル以上の投資がされています。

ジュロン島には、主に研究開発の場である統合型複合基地が設立されています。研究機関としては、公的研究所である「化学・工学サイエンス研究所(ICES)」や3M、バイエルそしてBASFなどの民間の研究センターがあります。

都市、インフラ・産業ソリューション クリーンエネルギー

最近のグローバル的な環境問題に付随し、都市のインフラやクリーンエネルギーの創出が世界的な規模での大きな課題になっています。

シンガポールはアジア地区の拠点として、このような問題のソリューションを考え実施するためのネットワークづくりに力を入れています。

シンガポールは公的、民間を問わず様々な海外の機関と提携を結び、都市計画、交通システム、環境ソリューションなどにおける問題を解決しようとしています。

また、日照時間が長い熱帯であるアジアの一国としてクリーンエネルギー、特に太陽光発電に力を入れています。

主な参入企業はリニューアブル・エナジー・コーポレーション(REC)、フェニックス・ソーラー、トリナ・ソーラーなどです。また、風力発電の開発も行っており、ケッペルやヴェスタスなどの大手企業がシンガポールを拠点として操業しています。

この産業におけるシンガポールの強みは、優れたロジスティックシステムを持っていることです。

チャンギ国際空港には、エアポート・ロジスティクス・パーク・オブ・シンガポール(ALPS)はフリートレードゾーンにあって、クリーンエネルギーの企業はより簡単に目指す地域にアクセスすることができます。

シンガポールはまた、このようなクリーンエネルギーの生産だけでなく研究開発の分野にも力を入れてきました。

シンガポール太陽光エネルギー研究所(SERIS)には世界各国から集まった160人の研究員が研究活動を続けています。その他にも、NTUエネルギー研究所(ERI@N)があり、ここでは風力、燃料電池などのエネルギーの研究が行われています。

IT産業

シンガポールの強みは、地理的にアジアの中心になれることですが、それと同時に、これまで力を入れて来た金融業やサービス業でアジアの諸国と競争していくことには厳しい面もあるため、シンガポール政府は21世紀の産業としてIT産業を最も優先する政策を打ち出しました。

2014年時点で、シンガポールのIT製品は同国の輸出製品の46%と最大の輸出品となりました。

これに投資をしているのがIBM、ヒューレット・パッカードなどですが、ハードウェアの製造だけでなく、現地の消費者のニーズにも応えようとしています。

その一つがインターネットの普及で、小学校のレベルからコンピューターを取り入れIT能力を助長しようとしています。

更に一般国民に向け、「スマートネーション構想」を打ち出し、高齢者の見守りサービスや交通機関の運行状況のリアルタイムでの把握など、より多くの国民がITの恩恵を受けられるよう、インフラの整備にも乗り出しています。

医療業界

シンガポールは医療体制、医療業界にも力を入れています。

国民の医療は、政府が面倒を見るのではなく、国民各自に貯金のような形で医療保険の積み立てを行わせ、そこにためられたお金を医療に当てるようにしていますが、ビジネスの一環として2003年に海外の患者に対し「医療ツーリズム」という医療政策を打ち出しました。

これはマレーシアやインドなどの中産階級や富裕層を対象に、シンガポールの病院で治療を受けるようアピールするものです。

今では一つの産業として確立し、最近では中東の富裕層からの「医療ツーリスト」も増えています。

この点におけるシンガポールの強みは、すでにイスラム教徒が住んでおり、イスラムの文化への理解が高いため、例えば、病院では、ハラル(イスラムの流儀に従って準備された精肉)料理なども用意されることです。

このような海外からの患者を確保するために、シンガポール政府は放射線治療法や外科手術などの医療技術や医療施設の向上に努めてきました。

中でも2000年から始まったバイオ医療の研究には莫大な投資を行い、世界中から有能な研究者をリクルートし、「バイオポリス」なるものを作り上げました。

この研究では、新薬など、すぐにビジネスに結び付くものの研究を主に行っています。

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シンガポールの観光

概要

シンガポールは国土が小さく、それだけに観光には不利な立場にあり、またチューインガムの禁止などに見られる厳しい規制のせいで、これまで観光客を退けていましたが、2010年から開業したカジノなどにより、2013年、2014年と、シンガポールを訪れた観光客、特に中国観光客の数が劇的に増えました。

2015年度で、約1523万人がシンガポールを訪れています。ちなみに同年に日本を訪れた外国人観光客は1973万人です。

国土面積や歴史の長さを考えると、シンガポールを訪れた観光客の数には驚くべきものがあります。この章では、各観光スポットの概要を見て行きます。

マリーナ・ベイ・サンズ

マリーナ・ベイ・サンズは、エンタメやショップの超近代的な複合施設で、今やシンガポールのアイコンとなった高層ビルのてっぺんにのっかった船「サンズ・スカイパーク」で良く知られています。

高層ビルはホテルになっていますから、そこに泊まると、このエリアにある観光スポットやアクティビティーへのアクセスに便利ですが、泊まらなくてもサンズ・スカイパークの展望台からシンガポールの風景を楽しんだり、ショッピングを楽しんだりできます。

マリーナ・ベイ・サンズは昼間も夜もそれぞれの楽しみ方がありますが、サンズ・スカイパークの展望台からの昼間の風景は、天気の良い朝に行くと遠くまで展望できます。

また、夜はバー「セラビ」から見える景色が格別です。マリーナ・ベイ・サンズにあるショッピングセンターは「ショップ・アット・マリーナ・ベイ・サンズ」と呼ばれ、3つのフロアに300店以上のショップ、レストランそしてカジノ、スケートリンク、小舟で遊覧できる「サンパンライド」などのエンタメ施設もあります。

このマリーナ・ベイ・サンズを満喫するには、簡単に計画を立てて行くと買い物も、食事もそしてエンタメもフルに楽しめます。次のスケジュールを参考にしてみてください。

10:00 サンズ・スカイパーク展望

12:00   ショップ・アット・マリーナ・ベイ・サンズでランチ

14:00   買い物やエンタメ

18:00  再度サンズ・スカイパークへ戻り、「セラビ」でカクテルを飲みながら夕日鑑賞

20:00  水際にある「イベントプラザ」で光のショー「ワンダ・フル」鑑賞

■ 基本情報

  • 名称: マリーナベイ・サンズ(Marina Bay Sands)
  • 住所: 10 Bayfront Avenue, Singapore 018956
  • アクセス:MRT「ベイフロント(Bayfront・CE2)」下車、マリーナ・ベイ・サンズは駅に直結。または、MRT「プロムナード(Promenade・CC4)」下車より徒歩約10分ヘリックスブリッジを渡った先にある。
  • 電話番号: 65 6688 8888
  • 公式サイトURL: http://jp.marinabaysands.com/index-jp.html

■ 基本情報

  • 名称: サンズ・スカイパーク(SANDS SKYPARK)
  • 住所: 10 Bayfront Avenue, Singapore 018956
  • アクセス:マリーナベイサンズ、タワー3のエレベーター利用して屋上へ
  • 営業時間:9:30~22:00、金土日~23:00
  • 電話番号: 65 6688 8826 チケットホットライン
  • 公式サイトURL: http://jp.marinabaysands.com/sands-skypark.html

■ 基本情報

  • 名称:セラヴィー(CÉ LA VI)
  • 住所: L57-01、North Sky Park(10 Bayfront Avenue, Singapore 018956)
  • アクセス: マリーナベイサンズ、タワー3のエレベーター利用して屋上へ
  • 営業時間:レストラン 12:00~15:00/18:00~23:00(木~土 ~23:30)

※土曜日および日曜日のランチはビュッフェ 11:00~15:30

 スカイバー 12:00~深夜 

※金土は19:00~26:00、クラブラウンジ 12:00~深夜

マリーナベイサンズに関するより詳しい情報は【最新版】シンガポールマリーナベイサンズ完全ガイドにて全てをお伝えしております。

 

ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ

ガーデンズ・バイ・ザ・ベイはトリップアドバイザーの2015年のランキングでシンガポールの人気観光スポットの1位に選ばれています。

その人気の秘密は何と言っても18本の「スーパーツリー」です。高さは25m~50mと様々ですが、この巨大人工ツリーを形成しているのが200種類以上の植物。本数にすると16万本以上になります。

しかも太陽電池が取り付けられているため、夜になるとライトアップしてきれいです。

一番高いツリーは50mの「スーパーツリー・バイ・インドシン」で、ツリーのトップはレストランになっています。ガーデンズ・バイ・ザ・ベイの敷地内には「眠った居る男の子」や「ウェブ・オブ・ライフ」などユニークなオブジェがたくさん置かれていて、それをモチーフにして面白写真を撮るのがトレンドになっています。

■ 基本情報

  • 名称: ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ(Gardens By The Bay)
  • 住所: 18 Marina Gardens Drive
  • アクセス: MRTベイ・フロント駅から歩いて5分
  • 営業時間: 5:00~翌2:00
  • 電話: 65 6420 6848
  • 公式サイトURL:http://www.gardensbythebay.com.sg/en/home.html (英語)
  1. シンガポールの3大動物園

シンガポールには動物園が3つあります。シンガポール動物園、リバーサファリ、そしてナイトサファリです。この3つの動物施設は隣接していますから、1日で3園を見て回ることもできます。

シンガポール動物園

シンガポール動物園は28ヘクタールもの広大な敷地からなっています。園内は緑に溢れ、300種類以上もの動物が、できる限り自然に近い環境の中で飼育されています。

そのため、世界の一般的な動物園と比べると、ずっと間近で、ゆうゆうと過ごす動物たちを見ることができます。

園内にはたくさんのスポットがありますから、マップを使ってなるべく多くのものが見れるよう計画を立てた方がよいでしょう。以下はその一例です。

ジャングル・ブレックファースト : バイキング式の朝食です。

→ スプラッシュ・サファリ・ショー : アシカのショーが楽しめます。

→ フラジャイル・フォレスト : 熱帯雨林の森が再現されています。

→ シロサイ : 直接餌をあげることができます。

→ キリン : ここでも直接餌をあげることができます。

→ 霊長類の大国 : 39種類もの霊長類が集められています。

→ マントヒヒ : エサはバナナで、少し離れた所から投げて与えます。

→ エレファント・アット・ワーク&プレイ・ショー :象が木材を運んだりします。

9時の朝食に始まり、これだけこなすと、終わりは16:30ほどになります。

■ 基本情報

  • 名称: シンガポール動物園 (Singapore Zoo)
  • 住所: 80 Mandai Lake Road, Singapore 729826
  • アクセス:MRT南北線「アン・モ・キオ(Ang Mo Kio)」駅からバス138番 約15分
  •       シンガポール中心部からタクシーで、約30分
  • 営業時間: 8:30~18:00
  • 定休日: なし
  • 電話番号:65 6269 3411
  • 公式サイトURL: http://www.zoo.com.sg/

リバーサファリ

リバーサファリでは、人工の川を作り川辺に生息地を創出し、5000種類の生物を展示しています。

園の中で一番大きなエリアがアマゾンをテーマにしたエリアで、ここで人気のあるのが「アマゾン浸水の森」です。

雨季のアマゾン川の様子が再現され、一つの森が水域に覆われ、そこに生命が宿り様々な動物が生息している様子を展示しています。

この水域の地下は水族館になっていて、水槽の中に飼われている「人魚」と呼ばれているマナティやオオカワウソの様子を観察することができます。

また水槽はトンネルのようになっている箇所もあり、オオカワウソの泳ぐ様子を通路から見上げることができます。

アマゾンエリアのもう一つのアトラクションは「アマゾン・リバー・クエスト」で、ここでは、ボートに乗ってアマゾンの流域に住む動物の生息を見ることができます。

なお、このボートに乗るには予約が必要です。

リバーサファリのもう一つの呼び物は、「リバー・オブ・ザ・ワールド」で、ここには世界の大河7つが再現されています。ナイル川、コンゴ川、ミシシッピ川、マリー川、メコン川、ガンジス川そして長江川です。ここでも世界の各川の動物の生活の様子が観察できます。

■ 基本情報

  • 名称: リバーサファリ (River Safari)
  • 住所: 80 Mandai Lake Road, Singapore 729826
  • アクセス: マリーナエリアからタクシーで約30分
  • 営業時間: 9:00~18:00
  • 定休日:無休
  • 電話番号: 65 6269 3411
  • 公式サイトURL: http://riversafari.com.sg/(英語)

ナイトサファリ

ナイトサファリはリバーサファリのすぐ隣にあり、開園は19:15ですが、レストランエリアは17:30から開いています。

「夜の動物園」と言う特殊な環境にあるため、園内にはトラムが走っていて、それに乗って動物を見ることができます。

ただし、もっと間近に見たい場合は、木材やコンクリートの歩道が作られていますから、そこを歩いて回った方がよいかもしれません。

ナイトサファリでは、このほかにも「夜」を利用したボルネオ島の火のショー「トンブアカ・パーフォーマンス」などのエンタメや夜行性の動物の生態などを観察することができます。

以下は、おすすめの回り方です。

18:00 レストランで夕食

→ ボルネオ島の火のショー「トンブアカ・パーフォーマンス」

→ トラムでサファリに出発 : 日本語のガイド付きは予約が必要です。1週廻るのに約40分かかります。

→ 徒歩のトレイル

■ 基本情報

  • 名称: ナイトサファリ(Night Safari)
  • 住所: 80 Mandai Lake Road, Singapore 729826
  • アクセス: オーチャード近辺から乗車する場合、乗車時間約30分
  • 営業時間: 19:30~24:00
  • 定休日: 無休
  • 電話番号: 65 6269 3411
  • 公式サイトURL: http://www.nightsafari.com.sg/(英語)
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マーライオンパーク

シンガポールというと必ず出てくるのが「マーライオン」ですが、昔シンガポールは「海」を意味する「トマセック」と言う言葉で呼ばれていましたが、そのうちに「シンガプーラ」と呼ばれるようになりました。

当時シンガポールで話されていたジャワ語で「シンガ」が「ライオン」を意味し、「プーラ」が「町」を意味していました。

シンガポールにライオン?と思うかもしれませんが、これは「マレー年代記」に出てくる話で、当時新しい土地を探していたスリヴィジャヤ帝国の王子が今のシンガポールに来た時にライオンらしきものを見たとされているからだそうです。

それ以来ライオンがシンガポールのシンボルになりました。

では、なぜライオンの下半身が魚になって尾びれが付いているのでしょうか。

それは、最初に付けられていた「タマセク」が海を意味するため、海に住む魚の一部をライオンに合わせて、現在のような変わった生き物「マーライオン」が創出されたと言うわけです。

マーライオンパークに置かれたマーライオンの像は高さが8.6mあり、一見恐ろし気な口からいつも水を吐き出しているので迫力があります。

昼間でも観光スポットとして、人気を集めているところですが、夜になるとマーライオンがライトアップされるので、その白が夜の黒に映えてきれいです。

■ 基本情報

  • 名称: マーライオンパーク(Merlion Park)
  • 住所: One Fullerton Singapore 049213
  • アクセス: MRT『ラッフルズプレイス駅』より徒歩10分
  • 電話番号: 65 6736 6622
  1. セントーサ島

セントーサ島は、テーマパークなどがたくさん集まったリゾートアイランドです。子供はもちろんのこと、大人でも十分楽しめる施設がいっぱいです。そのうちの主なものをいくつか紹介します。

ユニバーサル・スタジオ・シンガポール(USS)

USSの特徴は、コンパクトな敷地にすべての物が配置されていることです。

そのため、短時間で、見て回ることができます。といっても本当に楽しみたいなら5時間くらいは取っておいた方がよいでしょう。

敷地は7つのゾーンに分けられています。

「ハリウッド」「ニューヨーク」「サイ・ファイ・シティー」「ラグーン」「古代エジプト」「ロスト・ワールド」「遠い遠い国」「マダガスカル」です。

呼び物はUSSのオリジナル「リベンジ・オブ・ザ・マミー」で、暗闇の中に仕掛けたミイラや兵士の復讐をかわしながらローラーコースターで疾走します。

■ 基本情報

  • 名称: ユニバーサル・スタジオ・シンガポール(Universal Studios – Singapore)
  • 住所: 8 Sentosa Gataway, Sentosa Island
  • アクセス:セントーサ・エクスプレス「ウォーターフロント(Waterfront)」駅下車より、徒歩約3分
  • 営業時間: 10:00~18:00 ※時期により異なる
  • 定休日: 無休
  • 電話番号: 65 6577 8888
  • 公式サイトURL:http://www.resortsworldsentosa.jp/Attractions/UniversalStudioSingapore.html

アドベンチャー・コーブ・ウォーターパーク

アドベンチャー・コーブ・ウォーターパークは、古代の都市のイメージを基に作られた巨大なプールのあるパークです。

2万匹の人工の魚が泳ぐサンゴ礁の「レインボーリーフ」や全長225mあるコースター「リプタイド・ロケット」が2大アトラクションになっています。

■ 基本情報

シー・アクアリウム

シー・アクアリウムでは10万匹以上の海洋生物を見ることができます。

特に人気があるのは、幅36m、高さ8.3mの巨大水槽「オープン・オーシャン」。ここには、マンタと呼ばれるエイやトラフザメなど5万匹が育成されています。

■ 基本情報

  • 名称:シー・アクアリウム
  • 住所: 8 Sentosa Gateway Resort World Sentosa,Sentosa Island
  • アクセス:セントーサ・エクスプレス「ウォーターフロント(Waterfront)」駅下車より、徒歩約3分
  • 営業時間: 10:00~19:00 ※曜日や時期により異なる
  • 定休日: 無休
  • 電話番号:65 6577-8888 (リゾート・ワールド・セントーサ) 
  • 公式サイトURL: http://www.resortsworldsentosa.jp/Attractions/SEAAquarium.html

 

シンガポールでの観光旅行に関するより詳しい情報は【最新永久保存版】シンガポール観光旅行完全ガイドシンガポール観光旅行にてお伝えしております。

 

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シンガポールの冠婚葬祭

  1. シンガポールの結婚式

多民族国家を反映して、シンガポールでは冠婚葬祭も民族によって違います。その中でも良く目にするのが結婚式です。

 

【華人の結婚式】

華人の多くはキリスト教徒のため、結婚式は教会で挙げる場合がほとんどですが、その場合でも中国の伝統的な結婚式の一つの儀式である「献茶」を入れるカップルもいます。

華人の結婚式は、一昔前までは、3日間も続く長いものでしたが、今では簡略化され、大抵1日で終わるようになりました

伝統的な結婚式の流れ

・結婚式前夜

結婚式の前夜には、「髪梳きの儀式」と呼ばれる儀式が行われます。

この儀式では、まず、花嫁も花婿も自分の親の家で、八朔など柑橘類の葉っぱを入れたお風呂に入り身を清めます。

その後、新しい下着を身に着け、椅子に座り、「縁起の良い女性」と呼ばれる女性に櫛で髪をとかしてもらいます。

この縁起の良い女性とは、夫、子供、孫のいる人で、人生を生き抜いてきたと言う意味で縁起が良いと考えられています。

新郎、新婦のそれぞれの母親も条件を満たせば、この髪梳きの役を務めることもあります。

・結婚式当日

さて、結婚式の当時ですが、この日はさらに多くの儀式があります。

まず、花婿が花嫁の家に花嫁を迎えに行きます。この時には、貢物を持っていかなければいけません。

貢物として使われるのは、豚の丸焼き(花嫁が処女であることを意味しています)の他に「アン・バオ」と呼ばれる食べ物の籠の詰め合わせがあります。

詰め合わせの中身は、オレンジ18個、ピーナツ2袋、ウィスキーかコニャック2本、チキン2つ、レタスの茎2本、セロリの茎2本、長ネギ2本、お酒1本です。

花婿が花嫁の家に着くと、花嫁の未婚の弟が花婿の乗っている車のドアをあけます。

花婿が車から降り、「アン・バオ」を花嫁の弟に渡します。この時に花嫁の親が、花嫁のベールを下ろします。

これが終わって初めて花婿は花嫁の家の中に入ることができます。

花嫁の家では、受け取った豚の丸焼きの中央部を切り取り自分たちの物にしますが残りは赤い紙に包んで花婿の家に届けます。

その時に花婿用のズボンを2本、ミカン2つ、アン・バオの詰め合わせも一緒に届けます。

この後に、「献茶の儀式」が始まります。

まず、花嫁花婿が花嫁の両親に、湯呑に入ったお茶を差し出します。

次にそのほかの年長者に同様に献茶をします。お返しに、アン・バオの一部または宝石などが花嫁花婿に渡されます。

続いてそのほかのメンバーが新郎新婦にお茶を差し出します。そして新郎新婦はギフトを受け取ります。

この後、新郎新婦は、新郎の家に向かいますが、花嫁の家族側の未婚のメンバーだけが花婿の家まで一緒についていけます。

花婿の家では、花婿の家族は花嫁と花婿を家の中で待っています。

この時家の外に出迎えに行ってはいけないと考えられています。これは、しっかり家の中に入ってくるのを確認しないで新婚の二人を受け入れてしまうと、将来、花嫁と花婿の家族の間に亀裂が入ると信じられているからです。

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【プラナカンの結婚式】

シンガポールの結婚式を見るときに、もう一つ興味深いのがプラナカンの結婚式です。

伝統的なプラナカンの結婚式は、12日もの長さを要し、花嫁の実家で行われます。

儀式が多くアレンジも複雑なため、しっかりと伝統を守った結婚式にしたい場合は「パク・チンデク」と「サング・ケク・ウム」と呼ばれる式の進行係を務める人を雇います。

・「チェオ・トウ」儀式

この儀式は最初に行われるもので、この時に花嫁と花婿は伝統的な結婚式の衣装を身に付けます。続いて、花婿が楽器の演奏者や傘や提灯を持つ人からなる楽隊を率いて花嫁の家まで行進します。

・「チン・パン」儀式

花嫁の家にやって来た花婿を花嫁が向かい入れ、花嫁の部屋まで案内します。

そこで花婿は花嫁のベールを開け、二人は赤と白の餅のようなお菓子の入ったものをお茶を飲みながら食べます。

甘いものを食べるのは、二人の関係がいつまでも「甘い」ものであるようにという願いに基づくものだそうです。

・「チアン・シア」儀式

この儀式は花嫁の部屋で行われますが、大変面白いものです。

花婿の友人知人が花嫁の部屋に集まり、花嫁を笑わせるために、からかったり冗談を言ったりします。

その結果もし花嫁が止められないほどの大笑いをしたら、花婿はそこにいるすべての人を夕食に招待しなければいけません。

・「12日目の儀式(デュア・ベラス・ハリ)」

これは、花嫁がまだ処女であるかをテストし、その結果処女であることが分かれば、結婚できるという儀式です。

やり方としては、花婿の母親が血の付いた布にライムの汁を垂らしテストするのですが、これは花嫁を屈辱することになり、多くの場合、行われません。

以上のように伝統的なプラナカンの結婚式は長く、複雑なため、近年では、若い人から敬遠され、結婚式の形態もさらに自由な方向に変わってきえいます。

     

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シンガポールのマナー

シンガポールのマナーのことを語るときに必ず出てくるのが、チューインガム禁止の話です。そしてごみをゴミ箱以外のところに捨てたら、罰金を取られることです。

この規制が敷かれる前のシンガポールではこういうことが公然とやられていたわけで、イギリスで教育を受けた指導者リー・クワン・ユーは、西洋並みに清潔な国家を作ろうということで、こうした厳しい規制を作りました。

ガムは噛むだけでなく、持ち込みや所持も禁じられています。キャンディーぽいガムでも引っかかりますから注意が必要です。ゴミはポイ捨てでも罰金の対象になります。

また、喫煙への規制も厳しく、喫煙所以外で吸うと罰金を取られます。その他公共の場所で唾を吐くことや電車の中で食べたり飲んだりもだめです。罰金はどの場合も、日本円にして100万円と、驚くような高額です。

そしてもう一つ、麻薬などの覚せい剤を持ち込むと、処罰の対象になります。最高刑は死刑です。日本の場合は、覚せい剤がまだ蔓延していないため、このようなトラブルに巻き込まれることはほとんどないと思いますが、欧米の国から来た外国人の間で、この覚せい剤の所持や持ち込みが理由で逮捕され、死刑になっているケースが相次いでいます。

シンガポールの文化 まとめ

記事を書き終わり、改めてシンガポールが成し遂げて来た偉業に驚かされています。

華人、マレー人、インド人など、複数の民族が住む国で、それぞれの文化を尊重しながらも、一つの国としまとめあげ、今や世界経済に大きな地位を占めるほど成長を成し遂げてきたのは、何よりもシンガポール政府の将来を考慮した様々な文化政策が一役をかっていることがわかりました。

また、その恩恵に甘んじることなく努力を怠らなかったシンガポール国民の努力があったことも見逃すことはできません。

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