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リークアンユーが見た21世紀の世界

リークアンユー   1,718 Views
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20世紀を駆け抜けた指導者、21世紀の世界を語る

豊富な知識とすぐれた分析力

激動の20世紀の歴史をシンガポールの建国者・指導者として生き抜いたリークアンユー。

そのような経験豊かな政治家としてのリークアンユーによる国際情勢にたいする分析は、世界各国のリーダーたちも教えを請うほど、示唆に富んだものでした。

アメリカの国務長官であったマデレーン=オルブライトはリークアンユーを「だれよりも優れた近代感覚と戦略的視点をもっている」といい、アメリカの元財務長官であるロバート=ルービンはリークアンユーが「地政学的・文化的問題に造詣が深」く、「地政学的な問題や地域の問題を深く認識している」と評価しています。このような、アメリカ政治の第一線で活躍してきた政治家たちが、リー=クアンユーの国際情勢にたいする豊富な知識と、すぐれた分析力を高く評価しています。

困難な時代を生きる私たちの道しるべ

では、20世紀の歴史を駆け抜け、シンガポールを成功に導いた指導者・リークアンユーが見た21世紀の世界とは、どういうものだったのでしょうか?

ここでは、そのいったんを垣間見るべく、リークアンユーが生前に語った21世紀の世界情勢のうち、全世界、そして日本にとって大きな影響をおよぼす中国、アメリカ、インド、イスラム世界など、地域別の情勢やその間の関係、そして民主主義の将来について語ったものを中心に、ご紹介したいと思います。

すでに故人となったリークアンユーですが、これらの言葉は、先の見えない混迷の21世紀の世界を生きる私たちに、進む方向を照らす灯台として、リークアンユーがいまもなお、語りかけているようでもあります。

困難な時代を生きる私たちの道しるべとして、これから、読者のみなさんとともに、リークアンユーの言葉に耳を傾けてみたいと思います。

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リークアンユーの現代中国論

中国の台頭

20世紀末から国際的に存在感を増してきた国家が中国です。

シンガポールにとっても中国系住民が多くを占めるなど、独立以降その影響力は無視できない存在です。

このため、リークアンユーにとって21世紀における中国の行方は非常に気になるものでした。

また、英語教育を受けたとは言え中国はリークアンユーの祖先が住んでいた、みずからのルーツでもありました。

ここでは、彼の現代中国論について少しみてみたいと思います。

リークアンユーは中国のもつ潜在的可能性について率直に評価していました。彼は次のように語っています。

 

中国には4000年の歴史を誇る文化があり、多くの有能な人材のいる13億の国民がいる。きわめて優秀な人材を大勢プールしているのだ(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

しかし、だからこそ「そんな国が、アジアで、そしてやがては世界でナンバーワン国家になる野心をもたないわけがない」とつけ加えます。

計り知れない潜在的可能性があるからこそ、中国が野心をもつのはむしろ当然なのだ、というのです。

そして、「中国には、世界で最強の国家になろうという意図がある」といいます。

中国への懸念

このような中国の台頭に対する懸念も表明しています。

リー=クアンユーは「中国語で中国は『中心の王朝』を意味する」とし、これはかつての周辺国に朝貢させていた時代を想起させるとした上で、

 

強国となり工業化した中国は東南アジアの善隣友好国となりうるのだろうか?…中国がかつてのように宗主国の地位にふたたび納まり、自分たちが数百年前のように属国扱いされて中国への朝貢を強いられるかもしれないと思うと、穏やかではいられない(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

と言います。

しかし、それは軍事力によるものではないだろうと予測しています。

なぜなら、中国が市場システムへと移行し、体制を確立するには半世紀近い平和と安定が必要であると中国自身が考えているからだと主張します。

さらに、アメリカと軍事力で競争すればかつてのソ連のように国が疲弊してしまうことは、中国もわかっている、と言うのです。

中国はどのようにして世界を圧倒するのか

では、中国はどのようにして周辺国そして世界を圧倒するのでしょうか。

「中国が重要視するのは、自分たちの影響力を、経済を通じて広げることだ」と明言します。リークアンユーは言います。

 

広大な市場や購買力が高まりつつある中国は、東南アジア諸国を中国の経済システムに取り込もうとしている。日本と韓国も、いやでも中国の市場に取り込まれることになる。中国は、軍事力を行使することなく、周辺国を吸収できるというわけだ。

 

そして、「中国経済の成長を食い止めるのは、もはや非常に困難なのだ」と、この流れが不可逆的なものであることを指摘します。

そして中国がいずれはGDPでアメリカに追いつくとも考えていました。

中国発展の障害

しかしながら、そのような中国の発展にも障害があることも同時に指摘しています。

それはテクノロジーの発展と中国の現状とのギャップです。

テクノロジーの発展による情報化社会の進展は、国民への管理・監視体制を維持することを困難にし、またこれによって地域間の経済格差の問題や社会の腐敗の問題への国民の反感を拡大させ、これまでの統治制度を時代遅れのものにしてしまっている、と言います。

これは2013年に刊行されたインタビューですが、かつてリークアンユーの発言によって人民行動党が選挙で苦戦を強いられ、結果的に政界引退へとつながったことと重ねて理解するならば、この出来事から自身が学んだことを語っているようにも思えます。

さらに、テクノロジー面そのものにおいて、中国はアメリカに追いつくことは困難であろうとも言っています。

その理由のひとつとして意見の自由な交換がテクノロジーの発展をもたらすが、中国にはそのような雰囲気がない、ということをあげています。

これらの問題を克服するには、従来の治安維持、暴動を抑える政策を維持しつつも「地方や都市の権限を増やし、市民の権利を増やして手綱を緩めるという現実的な方法で改革していけば、国を保つことができるだろう」と提言します。

「現実的な方法」による改革の提言

しかし、リークアンユーは中国が、かつてのソ連のように急激に自由民主主義へと移行するのは現実的ではない、とも考えています。

あくまで、現在の共産党による支配を維持しつつ、緩やかな「現実的な方法」による改革の提言をしているのです。

リークアンユーはその著書《From Third World To First :The Singapore Story 1965-2000》(Marshall Cavendish Editions, 2000)のなかで、今後の半世紀のあいだに中国は計画経済から市場経済へ、農村ベースから都市ベースへ、厳しくコントロールされた共産主義社会から開放的な市民社会へと転換を遂げる必要があると主張しています。

そして、中国の指導者に対して次のように提言しています。

 

国民による、より多くの政治参加を許容し、国民生活に関わる圧力を緩和し、経済低迷期において社会を不安定化させる可能性のある要因を調整していかなければならない。

 

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汚職への対応について

そして、今後、中国が未来に向かい発展してゆくにあたって、最大かつ致命的な問題は「腐敗」だと指摘します。リー=クアンユーは次のように言っています。

 

中国では腐敗は政治文化と結託しており、経済改革を施したとしても根絶するのは難しい。省レベル、市レベル、国レベルを問わず、多くの共産党の幹部や政府官僚が腐敗と無関係ではいられない。より深刻なことに、法律を執行する役人、公安や裁判官なども腐敗している。この問題の根源的原因は文化大革命時代に一般的な道徳規範が破壊されたことにある。そして、1978年に始まった鄧小平による改革開放政策は、役人たちが汚職腐敗へアクセスする機会をより大きくしてしまった。

 

このように、リークアンユーは、中国における腐敗はその政治文化と結びついているので、根絶するのは困難であるとしつつ、その根本的な原因を文化大革命によって古来からの「一般的な道徳規範が破壊されたことにある」と指摘します。

そして、その後の改革開放政策によって、中国の公務員が汚職に手を染める機会が増えてしまった、と言います。

このような汚職の増加に対する中国当局の対応についても、リークアンユーはみずからの意見を述べています。

リークアンユーは20世紀末の時点で、中国の指導者が法体系を整備することを通じた制度の確立および、共産主義イデオロギーのもと、これまでタブー視され打倒の対象とさえ言われてきた儒教の強調による道徳規範の拡大・浸透図ろうとしている、と中国の政権の動向を分析しています。

しかしながら同時に、

 

政府役人が非現実的なほどに低い報酬しか与えられない状況下では、それらの奨励や措置は効果を生まないであろう。たとえ、どれだけ死刑や無期懲役といった処罰を強化しても、である。

 

として、その手法として構想されていた政治道徳の強調というやり方に疑問を呈しています。

これは、習近平率いる現在の中国共産党指導部がすすめる「反腐敗闘争」に対する疑念にもつながるものでしょう。

すなわち、シンガポールでは公務員が厚遇された上で汚職を厳しく取り締まって成功しているのに対し、低い報酬ではたらく中国の公務員に単に伝統的な規範意識や道徳感情にのみ訴えて汚職を根絶する、という中国の汚職根絶策に根本的な疑問を投げかけているのです。

2000年に刊行されたこの書物で指摘された問題は、今日もなお有効なものであると考えられます。

汚職を克服し、中国が健全なかたちで経済発展を実現していくためには、そのあり方を、かつてシンガポールから汚職を一掃しようとしたリークアンユーの「アメとムチ」の政策から学ぶ、というのも一つの方法でしょう。

リークアンユーに敬意を抱く習近平

ちなみに、習近平はリークアンユーに敬意を抱く政治指導者の一人です。

習近平は2011年5月23日、リークアンユーについて次のように語っています。

 

リーは「我々が尊敬する先輩」だ。今も、我々の相互関係を発展させるために休むことなく働きつづけているので、私は心から敬服している。我々の相互関係にあなたがしてくださった重要な貢献を、我々はけっして忘れない。

 

習近平は「私が尊敬する先輩」ではなく、「我々が尊敬する先輩」という表現でリークアンユーに敬意を表わしています。

これはリークアンユーを尊敬する人物が、中国の党や政府の指導層に多く存在することを示唆しているといえるでしょう。

そして習近平は、リークアンユーが中国とシンガポールの関係において「重要な貢献」を果たした、と高く評価し、そのようなリークアンユーの功績を、自分たち中国の政治指導者は「けっして忘れ」ることはできないものだ、と考えていました。

習近平の印象

一方、リークアンユーは、2007年11月に訪中した際に習近平に会った印象を、のちに次のように記しています。

 

習近平は胸襟や視野が広く、問題の本質を見極める能力に長(た)けている。しかも、その才能を見せびらかそうとしない。ずっしりした印象を持った。彼は過去において多くの困難と試練に立ち向かった。一歩一歩奮闘した。愚痴を吐かない男だ。私は習近平をネルソン・マンデラ級の人物だと見ている(“One Man’s View of the World” Straits Times Press、2013年)

 

このように、習近平はリークアンユーから、「胸襟や視野が広く、問題の本質を見極める能力に長け」た「ネルソン・マンデラ級の人物」と称賛されているのです。

これは、2013年にまもなく90歳になろうとしていた晩年のリークアンユーが出版した書籍の記述です。

ここに表明されたリークアンユーの称賛は、リークアンユーが中国発展の弊害と考えた腐敗の根絶に対する、習近平の取り組みへの期待のあらわれではないかと思われます。

尊敬する先輩政治指導者からのこの称賛の言葉をうけて、習近平は前述のようなリークアンユーによる指摘をどのように受け止め、中国発展の弊害となっている腐敗と闘っていくのか、そして、共産党政権を維持する、という選択肢のもとで、どのように中国を発展させていくのか、世界が注目しています。

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リー=クアンユーは21世紀のアメリカをどう考えたのか

アメリカは衰退するのか?

20世紀に大国として登場し、とくに冷戦終結後には唯一の超大国、覇権国家として君臨したアメリカ。その影響力は、このまま継続するのか、ということは世界的な関心事です。

21世紀になって急激に台頭してきた中国にたいして、アメリカはどう対処するのか、といったところも気になります。

では、リークアンユーは21世紀のアメリカがどうなっていくのか、あるいは、世界はこのままアメリカの覇権のもとにありつづけるのか、といった問題をどう考えていたのでしょうか?

リークアンユーは、アメリカ経済やアメリカの社会が衰退していくようなことは絶対にないと考えていました。たしかに、債務超過や赤字といった問題はあるものの、このような問題はアメリカが本来持っている、高い改革・再生能力によって克服できると考えていたのです。

リークアンユーはつぎのように言っています。

 

アメリカは今、経済的な困難に直面しているが、アメリカの独創力や回復力、革新的な精神があれば、問題の核心に目を向け、問題を克服し、競争力を取り戻すことができるはずだ。今後20~30年のあいだ、アメリカは単独でスーパーパワーを維持するだろう。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

アメリカの強み

このようなスーパーパワーを維持することができるという論の根拠として、リークアンユーは、

 

(アメリカには)さまざまな強みがある。たとえば、型にはまった考え方をしないことや、幅広く独創的で実際的なこと。新しい発想や新しい技術を編み出し取り入れて競争をするうえで有利な「多様性」があること。世界各国からの有能な人材を引きつけ、アメリカに無理なく溶け込ませる社会であること。英語が科学、技術、発明、ビジネス、教育、外交の分野や世界トップクラスに上りつめた人材の共通語になっているため、言語が世界に開かれていることもそうだ。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

と語っています。このような、アメリカの移民を受容する風土と、優秀な人材の共通言語としての英語を用いる社会という「強み」が、アメリカが、スーパーパワーを維持できる理由だというのです。

では、このような観点から、台頭している中国との対比で見ると、どうでしょうか。これについて、リークアンユーは、つぎのように語っています。

 

今後、10年、20年、30年のうちに、アメリカが力を失うとは思えないし、有能な人材が中国に流れることもないだろう。彼らはアメリカへ向かう。英語という世界言語に加えて、だれもが溶け込めるような、移民を受け入れる風土がある国だからだ。中国に行って定住しようとするなら、中国語の習得と、中国文化の理解という大きな壁がある。そのハードルを越えるのはとても難しい。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

中国と対比したとき、アメリカがもつ有利さは、「英語という世界言語」と「移民を受け入れる風土」であり、これにたいして中国は、中国語と中国文化という「大きな壁」があり、これを乗り越えるのは「とても難しい」というのです。

この言葉は、多種族共存と社会の英語化によってシンガポールを発展させてきた、リークアンユーの経験からでたものではないか、と思われます。リークアンユーは言います。

 

アメリカ経済が世界を引っ張っているかぎり、イノベーション力や技術力でトップの座を守る。EU(欧州連合)諸国も日本も中国も、アメリカに代わってトップの座に就くことはないといえる。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

かくして、リークアンユーはつぎのような結論に達するのでした。

 

今から向こう数十年間、ゲームのルールを決めるのはアメリカだ。国際平和や安定に関する大きな問題は、アメリカのリーダーシップなくして解決することはできない。アメリカに代わって主要な世界勢力になれる国も組織もない。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

このように、リークアンユーは少なくとも21世紀はじめの数十年のあいだは、アメリカの覇権は継続すると考えていたのです。

「大衆民主主義」の迎合性

しかし、その統治体制については必ずしも評価しているわけではありませんでした。リークアンユーは、アメリカにおける「大衆民主主義」の大衆迎合性を厳しく批判しています。

 

大統領と議会は、国民感情の圧力を受けると、きまってその言いなりになる。たとえ再選されなくても、国のためになることを学び、国のためになるように国を導く覚悟をもって実行する者をリーダーにする必要がある。問題が浮き彫りになったときに、すみやかに政策転換できないような統治制度では、役に立たない。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

リークアンユーはシンガポールに強圧的ともいえる国民管理システムを導入するとともに、行政システムを効率化して反対を気にすることなく、迅速に問題を処理できる統治システムをつくりあげたことは、すでにみたとおりです。

これに対し、アメリカの統治システムは、国民感情に左右されやすく、かつ、問題を迅速に処理できない、ということを問題視しているのです。

徹底した迅速かつ効率的な国家運用を追求してきたリークアンユーからすれば、アメリカの民主主義体制は非常に非効率的で、国家運営の障害になってもプラスにはならない、というようにみえたのでしょう。

とくに、直接選挙によって国家運営において最高権力者となる大統領が選出される、という仕組みにたいしては疑問を呈しています。リークアンユーはつぎのように語ります。

 

大統領制は、議会制より統治制度として優れているわけではなさそうだ。大統領制の場合、テレビへの露出が決め手になる。一方、議会制の場合、まず議員になり、それから首相の座に就く。イギリスでは、時間をかけて国民は議員たちの人物を見極め、……判断する。……(アメリカの場合では)選挙戦は、メディアへの露出と広告での戦いという要素が強くなっている。メディア担当アドバイザーは、プロとして引く手あまたで高収入だ。こうした選挙では、チャーチルやルーズベルト、ドゴールのような大統領はおそらく誕生しないだろう。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

つまり、アメリカのような大統領選挙では、メディアでのイメージ合戦によって大統領が選出される結果となり、イギリスのように国民によって時間をかけて検証をうけた国会議員が首相に就任するという議会制よりも問題がある、と指摘しているのです。

そして、このような選挙からはチャーチル。ルーズベルト、ドゴールといった優れたリーダーは生まれない、と苦言を呈しています。

アメリカの民主主義は万能か?

ここから、リークアンユーは、民主主義そのものにたいする疑念を吐露します。

 

私は民主主義がかならずしも発展につながるとは思っていない。むしろ、国家の発展に必要なのは民主主義ではなく、規律だと思っている。民主主義が蔓延しすぎると、無統制や無秩序につながり、国家の発展を妨げるからだ。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

このように、リークアンユーにとって、政治体制の優越を決定づけるのは、「国家の発展」という基準によります。つづけて、つぎのように言います。

 

政治制度の価値を最後に決めるのは、国民の大多数が生活水準を引き上げられる社会を確立する助けになるかどうか、加えて、個人の最大の自由が、他の人の自由とその社会で共存できるかどうかだ。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

このような見方は、とくにアジアの発展途上国にたいして、アメリカがアメリカ型の民主主義を押し付けることの弊害として語られます。

リークアンユーは、「無秩序や低開発に悩む発展途上国は、強力で誠実な政府を必要とする」としながら、「アメリカがアジアの戦略的発展に大きな影響力を及ぼしたいなら、アジアに入ったり出たりしてはいけない」とクギをさしています。

リークアンユーは、アメリカの民主主義は万能ではなく、とくにアジアの発展途上国にはアメリカ型民主主義とは異なる、強力な政治体制が必要なので、アメリカはアジア諸国にアメリカ型民主主義を強要すべきでなく、それがアメリカ自身の利益にもなる、と主張したのでした。

これは、自身が築き上げたシンガポールの政治体制が決してアメリカの政治体制に勝るとも劣るものではない、という自負心のあらわれでもあり、また、シンガポールに民主化をもとめるアメリカのメディアや市民団体などにたいする牽制でもあったのでしょう。リークアンユーは言います。

 

アメリカのメディアが台湾や韓国、フィリピンやタイの民主化・出版の自由化を称賛するのを見ると、アメリカ人はアメリカ文化がいちばん優れていると思っていることがよくわかる。上から目線でほめているのであり、優れた文化が劣った文化の頭をほめ言葉でなでているのだ。

同じように、アメリカ社会のほうが優れているという視点から、アメリカメディアはシンガポールを取り上げ、独裁的だ、専制的だ、規制や制約のしすぎで、息苦しい無菌社会だとたたく。それはなぜか?国家統治はこうあるべきというアメリカ人の考え方に、シンガポールがそぐわないからだ。だが、我々は他の国にシンガポール流を試させる立場にない。アメリカの考え方は理屈にすぎない。正しいと実証できない、少なくとも東アジアで実証できない理屈だ。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

ここから、そういったリークアンユーの意図は明らかです。

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アメリカが地位を維持するために重要なこと

ところで、アメリカが現在のような超大国の地位を維持するためには、なにが重要なのでしょうか?これについてリークアンユーは「21世紀は、太平洋地域で覇権を競う世紀になる」としつつ、

 

アメリカの主たる関心は、太平洋地域で優位を保つことにある。その地位を失うと、アメリカが世界各地で果たす役割も縮小する。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

と言って、アメリカが太平洋地域でのプレゼンスを維持することが重要であると指摘しています。

そして、そのためには、財政赤字政策に失敗して、アメリカの借金が取り返しのつかない状態にならないようにすべきだ、と警鐘を鳴らします。

さらに、リークアンユーは、

 

だから、アメリカは、中東にばかり関与してはいけない。イラクやイラン、イスラエルや石油ばかりかかわっていると、東南アジアにおけるアメリカの利権より、他の国、とくに中国の利権のほうが強くなってしまう。中国の関心は一貫している。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

と、アメリカが覇権を維持するために必要な、太平洋地域でのプレゼンスを失わないように、アメリカは中東にばかり関与すべきではない、と戒めています。

以上のように、リークアンユーは、アメリカの覇権は当分維持されるであろう、という立場に立っていました。

しかし、アメリカ式民主主義をアジアの発展途上国に普遍的なものとして押し付けることは、結果としてこの地域でのアメリカの影響力維持にとってマイナスになる、と主張し、アメリカのメディアがシンガポールの体制を批判的に報じることを批判しました。

そして、アメリカが覇権を維持するには、財政赤字問題を深刻化させないようにするとともに、中国が台頭するなかで中東にのみ目を奪われず、東南アジアにおけるアメリカの利権に神経をそそぐべきだと唱えたのでした。

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リークアンユーが予測する21世紀の米中関係

米中は直接衝突するのか?

これまで、台頭する中国、そして超大国アメリカの21世紀をリークアンユーがどのように考えていたのか、についてみてきました。

つづいては、その両国の関係が21世紀にどのような方向にすすんでいくのか、についてリークアンユーの考えをみてみたいと思います。

世界にすでに覇権を確立しアメリカ、そして台頭する中国、この両国のあいだに大きな対立や葛藤が起こりうるのか?について、さまざまな見解がありますが、リー=クアンユーはどのように考えたのでしょうか。

この問題について、リークアンユーの考えは明確です。

 

今は、冷戦期ではない。当時のソ連は、アメリカと世界の覇を競っていた。今の中国は、国益で動いているだけだ。……中国は、アメリカの市場やアメリカの技術、留学先としてのアメリカを必要としている。……深刻な敵対関係に陥ると、中国にとっては情報や技術の可能性を封じられることになる。……自国の市場の育成に躍起になっている中国とアメリカとのあいだに、妥協できないイデオロギー対立はない。互いに協調的であると同時に、競争的な関係にあるといえる。両国間の競争は避けられないが、紛争にまでは発展しない。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

このように、中国にとってアメリカは競争相手ではあるが、一方で自国の発展には欠かせない国であり、「互いに協調的であると同時に、競争的な関係」であるので、直接的な紛争までは起こらない、とリークアンユーは考えています。

そして、中国の軍事力とアメリカとの関係については、

 

米中が武力衝突する可能性は低い。中国の指導者たちは、軍事力ではアメリカのほうが圧倒的に勝っているし、あと数十年はそれが変わらないことを知っている。軍の近代化は推し進めても、それはアメリカに対抗するためではない。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

と、アメリカの軍事力が圧倒的であることを中国も知っているので、中国が、軍事力によってアメリカに対抗しようすることはないだろうし、米中両国が直接的に武力衝突するような事態は考えにくい、としています。

アメリカはいかなる対中政策をとるべきか?

では、アメリカは、台頭する中国にたいして、どのような対応をすればいいのでしょうか?

リークアンユーは、アメリカが米軍のプレゼンスによって、現在のアジア太平洋地域における勢力均衡を維持することが重要であると考えました。

リークアンユーは、つぎのように言います。

 

軍事的なプレゼンスを示すのに、かならずしも軍事力を行使する必要はない。駐留すること自体に効果があり、駐留することで地域に平和と安定をもたらすのだ。そうした安定は、中国のみならず、すべての国の国益にかなっている。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

アメリカは、米軍を各地に駐留させることで、アジア太平洋地域でのアメリカのプレゼンスを維持することができ、それによって地域の平和と安定を実現することは、中国をはじめ各国の利益にもつながる、というのがリークアンユーの持論でした。

そこで、最大のリスクとなるのが、アメリカ経済が危機状態になって、このようなプレゼンスを維持できなくなることでした。

 

アメリカの支援が数年にわたって減ったり途絶えたりすると、日本や中国、韓国やロシアが新たな勢力の均衡を図ることになる。だが、どの国が主要プレイヤーになっても、アメリカが主要プレイヤーである現在ほどの安定は望めない。……もし勢力バランスが変わって、アメリカが主要プレイヤーではなくなり、世界がまるで変わってしまうと、(第2次大戦の)苦い思い出がよみがえってくるだろう。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

すなわち、アメリカがアジア太平洋地域において現在のような役割を果たすことができなくなった場合、ほかの国が影響力を増大させたとしても、現在のような安定は望むことはできず、戦争の危険性さえあると考えたのでした。

しかし、リークアンユーによれば、だからと言って、中国の台頭を止めることはできず、「アメリカは最終的には、中国と覇を分け合うことになるだろう」と、言います。

リークアンユーは、中国のこれからをつぎのように予測しました。

 

中国は20~30年でアメリカの地位を脅かすようになるだろう。

世界中で強まる中国の影響力は、30~40年後に、世界をまったく新しい勢力バランスに変えてしまうほどになる。これは大国が一つ増えたと考えてすむレベルではない。台頭する中国は、世界史上最大の国家になるのだ。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

なんと、中国がアメリカをしのぐ、「世界史上最大の国家になる」というのです。

しかし、リークアンユーは、アメリカは「最初から中国の敵国と決めつけてはいけない」と忠告します。

そうすれば、アメリカにたいする対抗戦略を助長する結果となり、アメリカにとって決してプラスにはならないからだ、というのです。

とくに、これまでアメリカが、民主化や人権の問題、あるいはチベットや台湾の問題など「外的な因子」によって対中政策を決定してきたことに批判的です。

リークアンユーは言います。

 

こうした中国の主権や統一路線を脅かす事案に、中国は敵意をむき出しにする。もしアメリカの政策が中国を抑え込んだり、中国の急速な経済成長のペースを落とさせたり止めたりすることを目的とするのなら、当然の反応といえるだろう。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

そして、アメリカの目的を達成させるために対中政策において何が重要かをあきらかにつつ、アメリカの進むべき道をしめします。

 

アメリカの対中政策の狙いが自由化なら、貿易や投資を増やすことでそれは達成できる。だが、最恵国待遇を打ち切るというのであれば、その狙いは達成できない恐れがある。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

つまり、「外的な因子」に目を奪われてしまい、中国に対して経済的なダメージを与えるような対中政策を採るならば、それはアメリカの利益にもならない、とリークアンユーはいうのです。

「諸外国が中国を、自分たちの思いどおりにさせることはできない」とも忠告しています。

逆に、中国にたいする貿易や投資を増やすことで、アメリカも目的を達成することができるとして、積極的な対中経済政策をうながしました。

かくして、リークアンユーは、アメリカが中国にたいしてとるべき態度をつぎのように語ります。

 

我々は対等になり、貴国は最終的に我が国以上の大国になるだろうが、互いに協調していくことが重要だ。腰を下ろして、世界の諸問題について話し合おうではないか(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

アメリカは、中国を大国として認め、中国との対話と協調をすすめるべきだ、というのです。

アメリカの態度如何で、「中国は、経済力や軍事力を使って勢力範囲を広げて覇権国になるかもしれないし、善良な国際市民でありつづけるかもしれない」とも指摘します。

リークアンユーはいいます。

 

中国をグローバルシステムの一員に引き入れると、中国は国際ルールにのっとって行動するために、既得権益を強化するはずだ。それにより、貿易やサービス、投資やテクノロジー、情報などで、対外的な依存度が強まる。その依存の度合いは、一方的に国際的協定を破ると割りに合わない犠牲を負うところまで強まるかもしれない。

アジア太平洋の平和と安定は、中国が外国嫌いの強烈な愛国主義国家にならずにいられるかどうかにかかっている。欧米が中国の発展の邪魔や阻止をしたり、無理やり世界のルールを教え守らせ、国際的で対外的に開かれた国家にさせようとしたりすると、中国は欧米と敵対するようになるだろう。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

中国に国際ルールを強要するのではなく、中国との結びつきを強化し中国との相互依存関係を強めることで、中国がおのずと国際ルールを守らざるをえないようにしていくことが、アメリカのとるべき対中政策であるとリークアンユーは考えていたのでした。

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中国はアメリカにどう対応すべきか?

では、対する中国の側は既存の超大国アメリカに、どのように対応すればいいのでしょうか?

それは、アメリカの対中政策と同様に、中国の台頭がアメリカやその同盟国の脅威である、と思わせないようにすることです。

リークアンユーは、かつての中国の激動期を知らない、若い世代の中国人の認識について、忠告しています。

 

自分たちは世界に冷たくされた、自分たちは世界に利用された、自分たちは資本主義者に 打ちのめされ、北京を略奪された、自分たちは不本意なあらゆる仕打ちをされた、という思い込みがある。だが、これはよくない。

世界で唯一の大国であった昔の中国には、もう戻れない。今の中国は、数ある大国のうちの一つなのだ。……成長期の平和な中国しか知らず、過去の激動期を体験していない若い世代が、かつての中国はイデオロギーの過剰信奉によって過ちを犯したと認識することだ。若者は正しい価値観や、将来必要となる謙虚さと、責任のある態度を身につける必要がある。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

すなわち、かつての中国が「イデオロギーの過剰信奉」によって混乱状態となったことを忘れず、歴史認識からくる極端なナショナリズムに陥ることがあってはならず、謙虚さ、責任などといった倫理を身につけるべきである、と中国の若い世代に訴えているのです。

そのうえで、リークアンユーは中国の進むべき道をしめします。

 

中国は、急成長が世界の他の国々にもたらす問題について自覚しているし、摩擦を最小限にとどめるべく国際社会と協調したいと願っている。中国の成長がもたらす反発を和らげる方法を学ぶことは、中国にとってプラスになる。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

すなわち、急成長し、台頭する中国が、もう一つの超大国であるアメリカやその同盟国にたいしてなすべきことは、摩擦をなるべく回避することであり、これは中国も望んでいることなので、まず、中国が急成長することによって引き起こされる反発をなるべく和らげる方法をまず学び、実践することであり、そうすることこそが、中国自身の利益になる、というのが、リークアンユーの持論でした。

以上のように、リークアンユーは、戦略的な共存関係構築こそが米中双方にとって相互の利益につながると考えていたのでした。

21世紀のインドはどうなるのか?

インドは台頭するのか?

アジアにある第2の巨大な国家であるインドですが、その21世紀をリークアンユーはどのようにみたのでしょうか?

つぎに、リークアンユーが語った21世紀のインドについてみていきましょう。

まず、インドは21世紀に大国として台頭するのでしょうか?

この問いにたいするリークアンユーの答えは、基本的には否定的です。

 

かつてネルーが首相を務めていた1959年と1962年に訪れたとき、インド社会は間違いなく豊かになり、大国になると思った。1970年代末には、軍事的にも強国になると思えた。だが、硬直したお役所仕事のせいで、経済的に繁栄するとは思えない。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

では、その障害となっている「硬直したお役所仕事」とは、具体的にどういったものなのでしょうか?

それについて、リークアンユーはつぎのように言っています。

 

インドは憲法制度にも政治制度にも制約があるため、迅速に動くことができない。政治指導者が何かをしたいと思っても、まずは中央の複雑きわまりない制度を経て、続いてさらに複雑きわまりない自治体の制度を経なければならない。……

インドの政治指導者が固い決意で改革に取り組んでも、インドの官僚は行動が遅く変革したがらない。宗教のぶつかり合いや汚職にも阻まれる。さらに、大衆民主主義はインドの政策に矛盾をもたらし、頻繁に与党が入れ替わる。インドのインフラはお粗末で、事業を行政や規制の壁が阻み、財政赤字がとくに州レベルでかさみ、投資や雇用創出の妨げになっている。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

ここでリークアンユーが指摘するインド発展の弊害は、迅速さを欠いた行政システムです。

中央と地方をまたぐ、きわめて複雑に入り組んだ制度やこのような行政システムの改革をこばむ官僚の存在、宗教対立、汚職、ポピュリズムによる政治の不安定などがその理由で、そのためにインフラの整備が遅れ、財政赤字も積み重なって、さらに投資や雇用の障害となっている、というのです。

では、こういった行政システムを変革することは可能でしょうか?

リークアンユーは、つぎのような見解をしめしています。

 

インフォシス共同創業者で元会長のナラヤナ=マーシーのように、インドの大臣や官僚上層部がみな仕事熱心かつタフな現場監督で不屈の交渉人としてつねに前向きな考え方をするなら、インドは世界でどの国よりも急成長を見せ、世代交代しないうちに先進国の仲間入りをするだろう。しかしながら、マーシーはおそらくインドの統治制度を一人の人間が変え、インフォシスのような効率的な組織にすることはできないと認識している。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

ここで、リークアンユーは、インフォシスのマーシー元会長の例をあげつつ、インド政府機構においてマーシーが成し遂げたような統治制度の変革が行なわれたならば、しばらくしてインドは先進国となれる、とその潜在的可能性に言及しながらも、インドの現状では、誰かひとりのリーダーシップにより、そうなることは実際にはありえない、と考えていたのでした。

インド成長の障害

では、インド社会の成長を阻んでいる要素はなんなのでしょうか?

リークアンユーは、このことについて、つぎのように述べています。

 

有能な人材を育てて国のトップに就けようという意識のない社会に、私は賛同できない。生まれながらに序列が決まる封建社会にも反対だ。それが端的に現れた例が、インドのカースト制度だ。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

ずばり、「カースト制度」だというのです。

また、他民族で共通言語をもたない、ということもインドの成長の妨げになると考えていました。

 

インドは、実際には一つの国家ではない。実態は、イギリスの敷いた鉄道に沿ってたまたま並んでいた32の異なる民族集団だ。……32の異なる民族が330の異なる地域言語を話す国なのだ。……デリーの街に行って英語を話すとしたら、通じるのは人口12億人のうち2億人くらいだろう。ヒンドゥー語が通じるのは2億5000万人、タミル語が通じるのは8000万人くらいだろう。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

また、インドにおける公務員や官僚、実業家にたいする見方も問題であると指摘しています。

 

典型的なインドの公務員は、自分の主な役割を、仲介ではなく取り締まりだと、いまだに考えている。典型的なインドの官僚はというと、利益をあげて金持ちになるのは罪ではない、ということを受け入れない。そのため、官僚たちは、インドの実業界ではほとんど信用がない。一方インドの実業家は、国家福祉のことなど頭にない、金に意地汚い日和見(ひよりみ)主義者だと見なされる。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

インドでは、公務員は取り締まりを自分の仕事だと考え、官僚たちは、利益をあげることを罪だとみなして、経済活動に関心が薄く、実業家は守銭奴のように見なされる、それではインドが発展する余地などないではないか、というのがリークアンユーの考えでした。

リークアンユーは、出自や民族に関係なく、優秀な人材をエリート官僚として育成し、シンガポールの発展に貢献させるシステムをつくりあげました。

また、官僚自身が積極的に経済運営に参与し、実業家が事業を推進することが社会の発展につながる経済政策を実施しました。

このような観点からみるとき、インドのこういった考え方は、成長や発展とは程遠いものとしてリークアンユーの目には映ったのでしょう。

インド成長の可能性と課題

では、インドが成長する可能性について、リークアンユーはどのように考えたのでしょうか?

リークアンユーはインドの持つ強みについて、つぎのように語っています。

 

インドの民間セクターは、中国よりも強力だ。インド企業は中国企業に比べると、国際的 なコーポレート・ガバナンスを守り、株主に高い利益を還元している。インド経済には透明性があり、資本市場が機能している。

インドの銀行制度と資本市場は中国よりも強力で、制度も整っている。とくに、知的財産 の創造と保護のためになくてはならない法制度がよく整備されている。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

すなわち、中国の状況と比較しつつ、

 

 1.企業のコーポレート・ガバナンス遵守、株主への高い利益還元

 2.経済の透明性

 3.銀行制度の強力さ

 4.資本市場の強力さ

 5.知的財産権の法制度整備

 

といった点が、インドの強みであると言っています。

くわえて、

 

 6.人口の若さ

 

というのも、インドの強みになるとしています。しかし、人口については、若者への教育が必要で、「さもないと、人口の多さが重荷に変わってしまう」と忠告しています。

ただし、リークアンユーは、以上のような強みを生かすためには、制度の改革と旧習を打破していくことが必要であると力説します。

さらに、

 

インドがきちんとインフラを整えれば、投資を呼び込み、中国にすぐに追いつくだろう。 インドに必要なのは、国際競争に参入しやすいように制度を自由化することだ。そうすれば、国際的な大企業と肩を並べることができる。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

と、インフラの整備と、あまりにも複雑な規制を緩和して、制度を自由化することが必要であるといいます。

「お役所仕事」をあらためること、これがリークアンユーがインド経済を活性化し、発展させるための最低限の条件であると考える課題なのです。

インドは中国の対抗馬になるか?

中国が台頭する時代にあって、その対抗馬としてインドの経済的・軍事的プレゼンスに期待する声が日本でもあります。

実際、日本政府も中国への対抗上、おりにふれてインドとの接触をはかっています。

では、インドは本当に中国の対抗馬になりうるのでしょうか?

あるいは、中国に対抗していくうえで、信頼できるパートナーなのでしょうか?

このような問いにたいするリークアンユーの考えをみてみましょう。

リークアンユーは、「インドには国際政治の中で、できるだけはやく経済大国として台頭してほしい」と述べています。

そして、アジアの没落を防ぐためには、インドの台頭、アジアでのインドのプレゼンスが不可欠だといいます。

リークアンユーは、

 

韓国は小さすぎる、ベトナムも小さすぎる。東南アジアは、あまりに異質な国々から構成されている。バランスを保つためには、もう一つの大国が必要なのだ。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

と述べて、東南アジア地域の安全保障や政治的な安定、経済の発展に、成長したインドが積極的に関与することを期待しています。

とくに、100年後、200年後を見越したとき、アメリカがアジアでのヘゲモニーを失ってしまう可能性を考えた場合には、将来的にインドがその空白を埋める役割をすべきであると、考えたのでした。

リークアンユーは米中対立の場は、太平洋とインド洋になると予測しています。

そうなれば、インド洋にいるインド海軍は、いやおうなしに対応を迫られます。

リークアンユーは、

 

中国はインド洋に海軍を展開し、湾岸諸国からの石油の供給やアフリカからの商品の供給に抗議している。そこは、インドが軍を展開している場所だ。もしインドがアメリカ側についたら、アメリカはきわめて有利になる。そうなると、中国は対応措置が必要になるため、ミャンマーとパキスタンに港を建設したのだ。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

と、インド洋情勢を分析しています。

しかし、インドが米中のうち、どちらの味方をするのかはフィフティ・フィフティであると、リークアンユーはいいます。

すなわち、

 

アメリカとインドのあいだには、中国を封じ込める直接のパートナーシップはない。両国の関係が深まっても、インドは独立したプレイヤーのままだろう。利害が対立すれば中国から自国の利益を守り、利害が一致すれば中国と協力すると思われる。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

として、インドはアメリカの絶対的同盟者としてではなく、「独立したプレイヤー」として、自国の利害関係によって、中国と敵対したり、協力したりするだろうというのです。

リークアンユーのこのような分析がただしいならば、インドとの信頼関係、さらには協力関係構築が重要であることはいうまでもありませんが、一方で、インドを過度に信頼して、インドにこの地域での自国の安全保障を丸投げしてしまう、というのもリスクがあります。

あくまで、インドとの利害関係のなかで、関係各国がどのように動くか、臨機応変に対応していくことが求められるのでしょう。

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混迷するイスラム世界の21世紀を語る

世界を脅かすイスラム原理主義

21世紀はテロと戦争で幕が開いた、と言われます。

冷戦終結によって、世界的な戦争の恐怖から人類が解放されたと思ったのもつかの間、20世紀末には各地で民族や宗教の違いに端を発する紛争が頻発しました。

そして、21世紀がはじまると、アメリカで同時多発テロが発生し、当時のブッシュ政権は中東で、「テロとの戦い」を開始しました。

中東での戦争は、イラクから、アフガニスタン、そしてさらに広範囲に拡大し、その過程で登場したISによって、大規模なテロが世界各地で発生し、世界情勢はますます混迷を深めています。

では、このようなイスラム原理主義団体やその影響を受けた個人による欧米へのテロ攻撃、そして、それに対する欧米の軍事行動について、リークアンユーはどのように考えていたのでしょうか?

リークアンユーは、「アル・カイダ式のテロは世界規模であり、特異でかつてなかったものだ」といいます。

そして、「世界各地のさまざまな原理主義集団が、過激な信念を共有している」としています。

テロが世界規模で発生していると同時に、その犯行主体であるイスラム原理主義団体どうしが、ワールドワイドに共感しあっている、というのです。

さらに、「イスラム教徒のテロが頻発しだすと、抑え込むのに何年もかかる」として、未然にこのような事態を防いでいくことを訴えます。

こういったイスラム原理主義者によるテロのうち、もっとも警戒すべきものとして、WMD(大量破壊兵器)によるテロをあげています。

 

世界はWMD(大量破壊兵器)を手にしたテロリストたちの脅威にさらされる。そうなると、身の毛がよだつような大量殺戮が起こるだろう。だからこそ、ならず者国家の核開発を阻止し、備蓄兵器やその原料を没収する必要があるのだ。……イランが核兵器を所有したら、地政学的なバランスは大きく変わるだろう。中東の他の国も核兵器をもちたがり、WMDのための核分裂性物質がテロリストの手に渡る危険性が増大する。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

すなわち、リークアンユーは、WMDによるテロを未然に防止するためには、「ならず者国家の核開発を阻止し、備蓄兵器やその原料を没収する必要がある」というのです。

そうしないと、核拡散のリスクが高まり、それにより、核物質をテロリストが手にする危険性が高まる、と懸念しています。

さらに、中東は石油の産出国がある地域であるため、リークアンユーは、石油問題としてもこの問題を考えています。

 

イスラム過激派がいなくても石油問題は起こるが、石油にイスラム過激派、そしてWMDがからむと、きわめて危険な問題になる。まさに脅威だ。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

経済成長を重視するリークアンユーにとって、石油の問題がテロリズムとからむことは非常に忌むべき事態、「脅威」でした。

リークアンユーは、このような観点からも、イスラム原理主義の台頭は世界にとって脅威となっている、と考えていたのです。

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混迷するイスラム世界にどう対処していくのか?

では、イスラム原理主義が台頭しているイスラム世界の混迷に、世界はいかに対処すべきであるとリークアンユーは考えたのでしょうか?

この問題について、リークアンユーは、つぎのように語っています。

 

アメリカが国家として未熟なイラクから撤退すると、聖戦士たちは勢いを得て、アメリカ の首都ワシントンやその同盟国など、そこかしこで戦いを挑んでくる。アフガニスタンからロシア軍が、イラクからアメリカ軍が撤退させられるような事態になると、イスラム原理主義者が、自分たちには世界を変える力があるように思うようになる。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

このように、リークアンユーは、アメリカ軍のイラクからの撤退は、イスラム原理主義のさらなる台頭をまねく、としています。

そして、これにより、「世界にイスラム教の版図を広げるためには自爆テロも辞さないという狂信ぶりが、さらに激しくなると思われる」と警戒しています。

リークアンユーの基本的スタンスとしては、世界の平和と安定を維持しているのは米軍によるプレゼンスによるところが大きい、ということですが、この発言でも、そのような信念があらわれているといえます。

このように、基本的には米軍の軍事力に依拠しながら、地域の安定を維持しつつ、原理主義者たちに「勢い」を得させないことが重要である、と考えていましたが、一方で、イスラム世界、とりわけイスラム教内部の動きはさらに重要であると考えていました。

リークアンユーは、つぎのように語っています。

 

この(原理主義者との)戦いに勝てるのは、イスラム教徒だけだ。イスラム教徒のうち、近代化を支持する穏健派指導者や政治指導者、宗教指導者や市民団体の指導者は声をそろえて、原理主義者に異を唱える必要がある。……原理主義者と戦ってイスラム教徒の心をコントロールできるのは、イスラム教徒自身、なかでも穏健でより近代的な暮らしを支持する信者だけだ。イスラム教徒は、イスラム教の道に外れた解釈に基づくテロリストのイデオロギーに対して、反論すべきだ。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

リークアンユーは「戦いに勝てるのは、イスラム教徒だけ」と、明言します。

米軍の最新式兵器をもってしても、イスラム教徒の内心までは動かすことはできず、イスラム教界における原理主義の勢力を駆逐することができるのは、イスラム教徒自身以外にはないからです。

だからこそ、穏健派イスラム教徒の態度を、リークアンユーは批判し、なすべき行動を提示します。

 

イスラム教の穏健派は、態度を明確にして先頭に立ちモスクや神学校の過激派たちに異を唱えることをせず、問題に目をつぶり、過激派がイスラム教だけでなく、イスラム世界全体を乗っ取るのを黙認している。……科学技術の発達した近代世界の一員になることを望むイスラム教徒は、過激派に立ち向かい、過激派指導者が暴力や憎悪を説くのを阻止しなければいけない。イスラム教徒の学者や宗教指導者に、イスラム教はテロの教えではなく平和の教えであり、他の宗教やその信者に寛容であるべきだと指導させなければならない。(『リー=クアンユー、世界を語る』)

 

そして、テロとの戦いにおいて、アメリカは、「ヨーロッパ諸国やロシア、中国やインドなど非イスラム諸国や、多数を占める穏健派イスラム教徒と協力しなければならない」と、リークアンユーはイスラム穏健派を含む、世界規模の連携を主張します。

このように、広範な国際協力を基本として、アメリカ軍の軍事力を適切に運用していくとともに、イスラム穏健派が発言し、行動することで、イスラム世界におけるイスラム原理主義者たちの影響力を低下させていくことが、リークアンユーが提唱する、イスラム原理主義への対処のあり方でした。

このようなリークアンユーの立場は、決して軍事力だけでは問題は解決せず、イスラム世界内部における根本的な問題解決があってこそ、イスラム原理主義とそのテロリズムの問題は解決するのである、というものです。

イスラム原理主義者によるテロリズムは、現在進行形の非常に深刻な問題であり、その状況も日々、変化しています。

しかし、リークアンユー没後の今日においてもなお、リークアンユーが遺したこれらの言葉は、イスラム原理主義の問題を考えていくうえで、示唆に富んだものではないか、と思います。

 

下記はリークアンユー氏に関する記事の一覧です。

リークアンユーのあゆみ【完全ダイジェスト版】 約1万7千文字 

シンガポール建国の父、リークアンユー:その生涯と政治・思想 約13万文字

リークアンユー登場までのシンガポールの歴史と社会

リークアンユーの歩み:誕生から首相就任まで

リークアンユーの政権獲得と政治闘争

リークアンユーの国づくり:独立国家・シンガポールの国家運営

リークアンユーの外交戦略

首相辞任後のリークアンユーとシンガポール

リークアンユーが見た21世紀の世界 今回の記事

人生のすべてをシンガポールに捧げた「建国の父」リークアンユーの死

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