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人生のすべてをシンガポールに捧げた「建国の父」リークアンユーの死

リークアンユー   595 Views
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リークアンユーの死

「建国の父」リークアンユーの国葬

リークアンユー初代シンガポール首相は、2015年3月23日未明に91歳で死去しました。

シンガポールではこの「建国の父」の死に際し、1週間にわたり喪に服すこととなりました。

リークアンユーの遺体は国会議事堂に安置されますが、シンガポール国民が弔意をあらわし、別れを告げるために、国葬の前夜まで長蛇の列を作りました。

とくに昼間は連日、猛暑がつづいていたにもかかわらず、数多くののシンガポール国民が、リークアンユーの遺体が安置された祭壇に拝礼するまで、8時間近い時間をかけて待ちました。

「建国の父」、そしてシンガポール成長の功労者であるリークアンユーの国葬は3月29日、シンガポール国立大学の講堂で営まれました。

国葬には日本の安倍晋三首相をはじめインド、オーストラリア、韓国など23カ国の首脳らを含む2200人が参列し、シンガポールの「建国の父」の死を悼みました。

国葬の冒頭で、リークアンユーの長男でもあるリーシェンロン首相が挨拶しました。

リーシェンロン首相はこのなかで、「亡くなったリー氏のおかげでシンガポールは国際的な舞台で影響力を示すことができた」と、リークアンユーがシンガポールに果たした功績をたたえました。

このあと、1965年のシンガポール分離独立当時、リークアンユーを支えた指導者たちも続いて弔辞を読み上げました。

シンガポールの将来を新世代にゆだねる、として政界を引退していたリークアンユーでしたが、引退の後も建国の父、そしてシンガポールを今日のような発展に導いた指導者としてのリークアンユーにたいする敬意の念が、多くのシンガポール国民のなかに生き続けていたことをしめす国葬でした。

リーシェンロン首相の対国民談話

リークアンユーの死に際して、

リークアンユーの長男で首相であるリーシェンロンが、国民にたいしてメッセージを発表しました。

メッセージは、シンガポールの公用語であるマレー語、中国語、英語の順にリーシェンロン首相によって読み上げられました。

この国民にむけたリークアンユーにたいする追悼メッセージでは、「自分の父親」としてではなく、あくまでシンガポールの「建国の父」としての業績が語られます。

普段はいたって冷静なリーシェンロン首相。

しかし、このときには、直前まで泣いていたことがはっきり分かるほど、テレビに映し出された彼の目は赤くなっていました。

そして、メッセージの途中には、涙で言葉がつまります。

以下は、シンガポール首相官邸公式YOUTUBEページにアップされた、そのときの動画です。

 

 

英語によるメッセージは以下のような内容でした。

 

私たちの建国の父の中でも、最も重要な方が亡くなりました。

彼は私たちを鼓舞し、勇気を与え、団結させ、私たちを指導してきました。

彼は私たちの独立のために闘い、全く何もないところから国家を建設し、私たちがシンガポール人であることに、誇りを持たせてくれました。

彼のような人は、もうあらわれないでしょう。

多くのシンガポール人にとって、そして、シンガポール人でない人々にとってさえも、リー=クアンユー氏は、「シンガポールそのもの」でした。

首相として、彼は不可能と思われることを達成するために、私たちを叱咤激励してきました。

首相を退任してからも、その知恵と才能によって、後継者たちを指導しました。

高齢になってからも、彼はシンガポールをずっと見守っていました。

シンガポールは、彼にとって変わることのない、情熱の対象でした。

彼は、すべてをシンガポールに捧げました。

彼は、

 

「私はみずからの人生のほぼすべてを、この国をつくりあげることに使った。それ以外に、私のすべきことなどはなかった。私が最後に手に入れたものは何か。それは、成功したシンガポールだ。私が捨てねばならなかったものは何か。それは、私自身の人生だ」

 

と、言っています。

リー=クアンユー氏の死去に際して、悲しみで言葉もありません。

皆さんも同じ気持ちだと思います。

しかし、彼の死を悼みながらも、同時に、彼の御霊(みたま)を称えようではありませんか!

団結して彼が建設してきたものをさらに発展させ、彼の理想に向かって懸命に努力し、シンガポールをこれからも、特別で成功した国として維持していきましょう!

ミスター・リー=クアンユー、安らかにお眠りください。

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2015年総選挙における人民行動党の勝利

リークアンユーの後継者として

リーシェンロン首相は、国葬での挨拶のなかで、

 

シンガポールを育てたリー氏の仕事を引き継ぐのが我々の役目だ。

 

とシンガポール国民に語りかけました。

国葬をつうじて、リーシェンロン首相はみずからが、リークアンユーの成し遂げた仕事、そしてその結果としての、発展したシンガポールの後継者であることを内外にしめしたのです。

リークアンユー死亡から半年後の2015年9月11日には、シンガポールで国会議員選挙が行なわれました。

21世紀にはいって、支持が低下し続けていた人民行動党が、リークアンユーなしで迎えるはじめての国政選挙でした。

「シンガポールを育てたリー氏の仕事を引き継ぐ」という役目をになうことになったリーシェンロンは、厳しい戦いとなることを覚悟して、全力で選挙運動に臨みました。

人民行動党の圧勝へ

前回2011年の国会議員選挙では、人民行動党が81議席、労働党は6議席を占めていました。

さらに、2012年に実施された補欠選挙で、野党の労働党が勝利して、さらに1議席を追加しました。

リークアンユーの晩年の人民行動党にとっては、選挙のたびに厳しい状況がつづいていたのでした。

ところが、9月11日に行なわれた選挙では、与党・人民行動党が圧勝と言える結果となりました。

今回の選挙では、前回から2議席定員が増加していて、議席総数89議席のうち。人民行動党が83議席を獲得したのにたいして、最大野党の労働者党は6議席にとどまりました。

与党・人民行動党の得票率は69.9%で過去最低の60.1%を記録した前回の総選挙から大幅に上昇して、退潮傾向に歯止めがかかりました。

得票率75.3%を獲得した2001年の総選挙以来の高い水準となったのです。

一方で、2011年の選挙で善戦した野党は、今回の選挙では初めて全選挙区で候補を立てて躍進を目指しました。

ところが、ほとんどの選挙区において与党が、前回よりも得票率を伸ばしたのです。

リーシェンロン首相は、選挙の翌日、12日早朝に記者会見を開き、人民行動党への高い支持率について「予想以上の結果だった」としつつ、勝利宣言を行ないました。

さらに記者会見では、選挙の半年前に死去した父・リークアンユーについても触れて、「彼を失った後も、国民は国を発展に導く道を選べると分かった」と話しました。

3月に死去した「建国の父」リークアンユー後のシンガポールの政治は、ひとまずは安定的に人民行動党が政権運営していくことになりました。

勝利の理由とこれから

では、これまで低下しつつあった人民行動党への支持が再び上向いたのは、どうしてでしょうか?

その理由として、つぎの2つが考えられます。

まず1つは、リークアンユーの死亡にともなって、あらためてリークアンユーが指導してきた時代のシンガポールの発展を再評価しようという国民の意識の反映があげられます。

これとともに、もう1つの理由としては、ふたたびリークアンユーの時代のような、まざましい発展を成し遂げたい、という国民の願望のあらわれでないかと思われます。

選挙での人民行動党の勝利をうけてリーシェンロン首相は、

 

強力な委任を与えてくれたシンガポール国民に感謝する。

 

と国民への謝意を述べました。

リークアンユーの後継者たらんことを国葬で表明したリーシェンロン首相にこれから問われるのは、まさに、その国民からの「強力な委任」にどれだけ応答することができるか、でしょう。

そして、シンガポールの国民が、自分たちの「代表」として委任した人びとに、いかにその委任に応答させていくのか、です。

リークアンユー亡き後のシンガポール国民は、その路線の継承を選択しました。

今後、何十年先、何百年先のシンガポールがどのような道を歩むかは、誰にもわかりません。

しかし、シンガポールの人びとは、これからもリークアンユーを記憶し、困難に直面したときのひとつの道しるべとして、過去に彼が下した決断や、彼が遺したことばを参照することでしょう。

死してもなお、「建国の父」リークアンユーは永らく、シンガポールを導き続けることでしょう。

 

下記はリークアンユー氏に関する記事の一覧です。

リークアンユーのあゆみ【ダイジェスト版】 約1万7千文字 

シンガポール建国の父、リークアンユー:その生涯と政治・思想 【完全版】約13万文字

リークアンユー登場までのシンガポールの歴史と社会

リークアンユーの歩み:誕生から首相就任まで

リークアンユーの政権獲得と政治闘争

リークアンユーの国づくり:独立国家・シンガポールの国家運営

リークアンユーの外交戦略

首相辞任後のリークアンユーとシンガポール

リークアンユーが見た21世紀の世界

人生のすべてをシンガポールに捧げた「建国の父」リークアンユーの死 今回の記事

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