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リー=クアンユーの辞任以降のシンガポール(社会編)

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外国人移民、奨励から抑制へ

シンガポール住民の3分の1が移民

これまで、シンガポールは労働力不足、そして少子高齢化対策として積極的に外国人移民を受け入れてきました。しかし、現在、外国人の移民の抑制へと方針転換しつつあるのです。

2012年6月の統計では、永住権のある者も含めて外国人居住者の割合はシンガポール住民の3分の1に達していました。とりわけ、少子化によって国民の増加が鈍化しているなかで、シンガポールの人口増加は外国人の流入によるところが大きくなっています。

積極的な移民受け入れ

移民受け入れを積極化したのは1990年代からでした。

当初は高学歴・高収入の高度人材とされる人々、もしくは国民が従事したがらない仕事を担う低熟練労働者でした。

2000年代にはいると、これまでのような分野を限った移民でなく、あらゆるレベルの移民を受け入れるようになっていきました。

こうして、2007年から2008年にかけて外国人移民の増加は最大となり、この時、高度人材とされる人々を中心にシンガポール政府は永住権取得を促す書面を送るなど、移民の受け入れを積極化していました。

くわえて、2007年1月からは「個人エンプロメント・パス」という新たな特別渡航就労許可証が導入されました。

これは外国人の高度人材が転職してもシンガポール国内に留まることが容易になるように設けられたもので、このころ熾烈になっていた国際的な高度人材の獲得競争への対応としての方策でした。

世界経済危機と移民政策の転換

以上のように積極的な移民受け入れを行なってきたシンガポールが方針を転換するきっかけとなったのが、世界経済危機でした。

この危機に対応すべく、2009年に設置された経済戦略委員会(ESC)が外国人労働者の労働総人口に対する割合を現状の3分の1に抑えつつ、既存の労働者の生産効率性向上を図ることで国民所得を上昇させることを提言しました。

これは、外国人移民を受け入れることによる経済成長のモデルを生産性向上による経済成長モデルへとシフトすることを意味していました。

このような政策は、移民の増加による住宅価格や物価の上昇、鉄道の混雑などによって外国人移民への反発が高まっていた国民感情もあって、比較的スムーズに受け入れられました。

急増する外国人への反発は、2010年の選挙で人民行動党の過去最低の得票率(60%)としてあらわれました。

こうして、外国人移民の受け入れは抑制へと方針転換されたのです。

しかしながら、少子高齢化の進行による将来の労働人口縮小が懸念されるなかで、外国人労働者の受け入れを抑制することで企業がタイトな雇用市場に直面する可能性が大いにありえます。

そうなった場合に、現在の移民を抑制しながら、生産性を向上させるという方策がどこまで有効なのか、今後のシンガポールの移民問題・雇用問題の課題となるでしょう。

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拡大する格差

格差の拡大

シンガポール社会は、これまで能力さえあれば階層上昇が可能な「実力主義社会」であるとされてきました。しかし、近年、格差が拡大していることが指摘されています。

所得格差の程度をあらわすジニ係数をみると、2000年にはすでに0.442となって上昇傾向が続いています。

ジニ係数が0.4になると社会不安を引き起こすとされているので、これは危機的な数字であるといえるでしょう。

また、格差が世襲される傾向も指摘されています。

社会階層の固定化

2012年11月12日にヘン=スウィーキート教育相は国会答弁で、富裕層ほど有名校に進学しやすく、有利な教育環境にあることを認めました。

シンガポールのようなエリート優先で敗者復活が難しい社会では、このような教育環境の不均衡は、社会階層の固定化をより深刻なものとしてしまいます。

このような格差の拡大はシンガポール固有のものでないことは言うまでもありません。

シンガポールがグローバル化する世界で生き残ってきたその副作用であるとも言えます。格差拡大というグローバルな課題は、今後シンガポールがさらなる発展を遂げるためにも解決すべき、重要な課題のひとつです。

民族間の格差

もう一つ、シンガポール社会における格差の問題を考える上で忘れてはならないことがあります。民族間の格差です。

マレー人はシンガポールの先住民でしたが、人口比では14%となっています。

しかし、この人口比からみても、マレー人の経済的・社会的地位が高いとは言えません。

2005年の統計ではマレー人の46.4%が販売・サービス、工員など未熟練・半熟練労働によって生計を立てています。

これに対して、専門職についているマレー人(2.4%)は華人(14.6%)やインド人(11.4%)と比較して、非常にその比率が低くなっています。

また、大卒者の比率も華人が30%、インド人が11%であるのに対し、マレー人は5.4%となっています。

独立から間もない1968年、当時のリー=クアンユー首相は次のように語っていました。

「華人とマレー人は異なる文化的価値を持つ。一般的に華人は根気強い労働者、熱心なビジネスマンになる。一方でマレー人は安易で楽しい生活に重要な価値を置く」

このような見方は非常にステレオタイプだといえるものです。しかしながら、シンガポールにおける華人とマレー人の格差が語られる際、独立以降継続して、このようなマレー人の性質がその理由とされてしまう傾向がありました。

これにより、当事者であるマレー人に声を上げにくくし、民族間の格差をなくす動きが抑制されてきたのです。

今後、民族的偏見を克服し、マレー人と他の民族との格差を縮小してゆくことは、21世紀のシンガポールが成熟した多民族社会へと成長するために避けて通ることができない問題だと言えるでしょう。

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迫られる少子化対策

少子化・未婚化・晩婚化

シンガポールは世界で出生率が最も低い国のひとつです。シンガポールが現在の人口を維持するためには2.15以上の出生率が必要であるのにもかかわらず、2010年のシンガポールの出生率は1.15となっています。

また、未婚化・晩婚化も進んでいて、同じ年の2010年、35-39歳女性の未婚者は12.7%に達しています。

女性の社会進出

このように、シンガポール社会で少子化と未婚化・晩婚化が進んでいる背景として考えられるのが、女性の社会進出とそれに対する家庭生活へのフォロー体制とのアンバランスの問題です。

かつて、植民地期のシンガポール社会では、それぞれ移民としての出身国・出身地の家族文化を維持していたため、女性は男性に従属的な地位におかれていました。

そして、女性の主たる役割は子どもを産み、育てることでした。そのため、女性の教育はおろそかにされる傾向があり、識字率も男性と比較するとかなり低かったのです。

シンガポールがマレーシアから分離独立すると、シンガポール政府は輸出志向型工業化を経済政策の重点課題としました。

そして、そのために女性の労働力を動員しようとしました。その前提として女子教育を推進し、人口の過剰を予防するため「子どもは2人まで」という家族計画も提唱されました。

さらに、1980年代後半になると、サービス産業が発達します。

以上のような状況により、女性の労働力化率を急速に高めることになりました。

1966年には25.3%であった女性の労働力化率は1987年には47%と過半数にせまり、2011年の統計では60%となりました。

また、政府および公的機関の女性管理職は35.1%で、10年で8%も上昇しています。

このような急激な女性の社会進出は仕事と家庭の両立が可能な施策がともなわなければ女性に過重な負担を強いることになります。

しかしながら、シンガポール政府の社会福祉にたいする基本的な考え方は、社会福祉は家庭で、というものでした。

そして、その担い手は女性である、という考えがありました。

このような意識のため、女性の負担が増えているのです。このような状況にあって、外国人家事労働者に家事を委ねる、あるいはそれができない家庭では産まない、という選択をすることにもなるのです。

出生率低下とシンガポールの教育制度

また、出生率の低下には、シンガポールの教育制度にあるとも考えられます。

子どもの将来が小学校時点の成績でほぼ決まってしまう、という制度のため、子どもの教育のために母親が勉強の世話をしたり、塾などにかかる私教育費の負担が女性にためらわせてしまっているのです。

女性の労働力化率の伸びが鈍化しているのは、子育ての過程で退職する女性が多い、ということもあります。

以上のような社会構造や意識の変化なしに、少子化の流れはとどめることはできないでしょう。今、その具体的対策が求められています。

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急激にすすむ高齢化

すすむ高齢化

少子化とならんで社会問題となりつつあるのが、急激に進行しているシンガポール社会の高齢化の問題です。

シンガポールが分離独立した1965年の全人口に占める65歳以上の高齢者人口の割合はわずか2.5%に過ぎませんでした。

それが2009年には8.7%にまで増えています。

また85歳以上の老齢高齢者に限ってみると、1980年には0.2%だったものが2000年代半ばにいたって約0.7%にまで増加しています。

シンガポールの対高齢者政策

このような増え続ける高齢者に対するシンガポール政府の政策には2つあります。

1つは「Ageing in Place」というもので、簡単に言えば、高齢者が高齢者介護施設のような施設に移動するのではなく、自分が居住していたコミュニティにとどまって生活する、というものです。

もう1つは「Active ageing」で、高齢になっても労働市場に参加して、可能な限り経済的自立を維持していこうとする政策で、こちらは「親孝行」というイデオロギーと並行して奨励されています。

シンガポールでは、成人した子が両親の世話をすることを法によって義務づけています

要するに、高齢者の福祉は政府ではなく、家庭や職場で担われるべきであるというものです。

これは、高齢者福祉のための国費の支出を最小限にとどめ、経済成長へのマイナスの影響を回避しようとする発想にもとづくものです。

このように高齢化が進行すると、労働人口も同時に高齢化するものですが、シンガポールの場合はこれを若年層の外国人移民を積極的に受け入れることで労働人口の高齢化を緩和しています。

このような移民政策によって労働人口の高齢化を克服する方策はシンガポールの移民政策の特徴であるといえるでしょう。

マージナルな位置におかれる高齢者たち

1965年以来、急速な経済発展を遂げ、学歴と経済効率が重視されるシンガポール社会にあって、高齢者たちは社会的にマージナルな位置におかれています。

イギリスの植民地下から日本の占領下、さらには戦後の独立までの混乱期に幼少期・青年期を送った高齢者たちは約半数が移民であるうえに、時代状況から十分な教育をうけることができませんでした。

英語を解さず、中国人であっても標準語である華語が話せず、非識字者も多いので、家庭内でも孫世代とのコミュニケーションができない場合もあります。

このような高齢者たちが「Active ageing」政策のもとで就労する場合、その就労先は低収入かつ重労働である場合がほとんどで、このような高齢者たちがシンガポールの低賃金労働の担い手となっていると考えられます。

これをこの政策の「成果」と考える人がいる一方で、高齢者に対する福利厚生政策が不在なため、高齢者に負担を強いている、という議論もあります。

高齢化社会の負担をだれがどう担うのか

子世代が親に財政的援助をしている場合も多く、子世代への負担も今後、高齢化が進行するにつれて重くなっていくことが予想されます。また、介護が必要な場合も、子世代がこれを担うという「自助努力」を重視する政策を継続しています。

ますます進行していく高齢化社会の負担を、どのような形で、だれが担うのか、シンガポール社会に突きつけられた真摯な課題です。

 

下記はシンガポールの歴史記事についての一覧です。

シンガポールの歴史【完全ダイジェスト版】 約1万文字

シンガポールの歴史 完全版 約10万文字

シンガポールの前近代 

「大英帝国」の形成とシンガポールの植民地化

イギリス統治下のシンガポール

第二次世界大戦とシンガポール

シンガポール自立への模索

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