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リー=クアンユーの辞任以降のシンガポール(国家戦略編)

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水資源問題解決への努力

マレーシアからの輸入に依存する水資源

シンガポールではマレーシアからの分離独立ののちも、マレーシアからの輸入した原水によって国内の水の需要に対応してきました。

現在もマレーシアからジョホール海峡を渡るパイプラインで原水を購入しています。パイプラインは3本あり、そのうちの2本がマレーシアからの原水で、1本が浄水後マレーシアへ供給される水道水となっています。

これは1961年と1942年に当時のマラヤ連邦とイギリスの自治州であったシンガポールとのあいだで結ばれた契約にもとづいて行なわれているものです。

これまで、必ずしも良好な関係とは言い難かったマレーシアが、1998年には「シンガポールへの水の供給を停止する」という圧力をかけてきたことや、2000年に入ってからはマレーシアのマハティール首相が「水の価格を100倍へ上げる」と求めるなど、水資源を「外交カード」として利用してきました。

マレーシアからの水輸入の契約期限である2061年に向け、水問題はシンガポールにとってアキレス腱となってきました。

水資源問題の根本的な解決策

シンガポール政府はこのような水資源問題への根本的な解決策として、2003年から日本の逆浸透膜を使った高度濾過技術を導入し、国内の下水を再生処理して飲用水にも利用可能とする「ニューウォーター」(NEWater)計画を開始しています。

これにより2011年には国内の水需要の30%をこの再生水で賄うとの計画をうちだしました。

またシンガポール水処理大手であるハイフラックス社の技術を使い、マリーナ湾の湾口をせき止めて淡水化し、飲用水とするための可動堰式ダムである「マリーナ・バレッジ」も将来の実用化にむけて完成しました。

これからも隣国マレーシアとの良好な関係維持への努力を継続しつつ、水資源の完全自給に向けた努力が続けられることでしょう。

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世界的水準の大学教育

国際的な評価を受けるシンガポールの大学

シンガポールは大学の教育水準が非常に高いことで定評があります。

シンガポール国立大学(NUS)、南洋理工大(NTU)、シンガポール経営学院大学(SMU)などは世界的な高水準の研究・教育が行なわれているとして国際的な評価を受けています。

シンガポール国立大学(NUS)

シンガポール国立大学(NUS)には東南アジア諸国、中国をはじめ欧米やアフリカなど100ヶ国以上からの留学生がいる、国際色豊かな大学です。

Faculty of Arts and Social Sciences (人文社会科学部)、Business School (経営学部)、School of Computing (コンピューター学部)、Faculty of Dentistry (歯学部)、School of Design and Environment (設計・環境学部)、Faculty of Engineering (工学部)、Faculty of Law (法学部)、Yong Loo Lin School of Medicine (医学部)、Yong Siew Toh Conservatory of Music (音楽学部)、Saw Swee Hock School of Public Health(公衆衛生学部)、Faculty of Science (理学部)という11の学部とLee Kuan Yew School of Public Policy (公共政策大学院)、NUS Graduate School for Integrative Sciences and Engineering(総合理工学大学院)、Duke-NUS Graduate Medical School Singapore(医学大学院/デューク大学と共同)の4つの大学院を擁する総合大学で、研究所、図書館、学生寮、食堂、病院、あるいはプールなどのレクリエーション施設といった数々の建物が、緑に囲まれた広大な敷地内に集まっています。

一般に卒業生は、シンガポール政府など官僚、金融セクター、その他グローバル企業に就職する場合が多く、社会的指導層を養成するシンガポールのトップ校です。

南洋理工大学(NTU)

南洋理工大学(NTU)は、1991年に設置されたシンガポールの国立大学の一つで、シンガポール国立大学とともにシンガポールで双璧をなす名門大学です。

シンガポールの西部に、200ヘクタールの広大な敷地を有し、23,500人以上の学部生と10,000人の院生が在学しています。

大学はエンジニアリング、サイエンス、ヒューマニティ、アート&ソーシャルサイエンス、メディカルの4つの「カレッジ」から構成されています。

ビジネススクールも設置されていて、学士課程では、商学(Bachelor of Business)と会計学(Bachelor of Accountancy)をはじめ、様々なダブルディグリー(Business and Computingなど)が提供されています。

修士課程では、経営学(MBA)、金融工学(MSc Financial Engineering)、マーケティング(MSc Marketing)に加えダブルディグリーも提供されています。

さらに、それぞれのコースに対し、博士課程も設置されています。

2016年4月、イギリスの教育専門誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)が発表した創立50年未満の大学の世界番付では、南洋理工大(NTU)は2位にランクインしました。

成長と発展を支え続ける高水準な人材

また大学評価機関「クアクアレリ・シモンズ(Quacquarelli Symonds)」が2015年9月に発表したランキングにおいては、シンガポール国立大学(NUS)が12位、南洋理工大(NTU)が13位にランク入りして、アジアではトップとなった。なおこの調査では京都大学は38位、東京大学39位とされていますので、シンガポールのこれらの大学がいかに国際的な評価を受けているのかがわかりますね。

これらの高水準の大学教育・研究環境に育てられた人材がシンガポール社会の成長と発展をこれからも支え続けるのです。

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文化芸術政策の強化

芸術評議会(NAC)設立

1989年まではシンガポールにおいて芸術文化は一部の愛好家によって支えられており、国家はこれについてほとんど関心がありませんでしたが、1989年に「文化と芸術に関する諮問委員会レポート」で国家的な芸術文化制度を確立することが提言されてから、変化がはじまりした。

1991年にはこれをうけて、芸術評議会(NAC)が設立され、文化芸術のインフラ整備や芸術家および芸術団体支援の中心となりました。

そして、1995年に芸術評議会からシンガポールにおける芸術文化戦略の中期的目標を示す「Global City for the Art」という報告書が出され、これにもとづいて芸術文化政策が本格的に展開されるようになりました。

リー=シェンロン政権の芸術文化政策

このような芸術文化政策は、リー=シェンロン政権に引き継がれ、さらに強化されていきます。

すでにリー=シェンロン政権発足以前の2000年に新しい中期計画として「ルネッサンス・シティ・レポート」が出されていました。

この計画では芸術文化の基礎体力強化・社会的顕彰制度の充実・施設インフラ整備・国際化推進が課題とされ、それぞれの課題についてジャンル別の目標が定められていました。

これにそってリー=シェンロン政権は芸術文化政策を強力に推進し、さらに次の段階に突入していきます。

すなわち、2012年になって、新しい芸術文化的リタラシーの発展に関する政策がしめされたのです。

これは2012年1月末、今後15年の基本的かつ具体的な芸術文化政策である通称ACSR(長期的文化戦略 Arts & Culture Strategic Review)で、かつて1989年に提出されたレポートに匹敵するような今後のシンガポールの芸術文化政策を決定づける基本計画です。

ここで重点がおかれているのが、各国民が芸術文化リタラシーを大幅に向上するようにすることで、「アートの日常化」をめざすものでした。

具体的には今後15年のあいだに国民のアート鑑賞を現在の40%から倍の80%に、また、アート活動を20%から50%に向上させることが目標とされています。

さらに、これまで後進的であると考えられていたアート環境にも変化があらわれます。これによりアートがシンガポール社会に定着する傾向がはっきりしてきました。

たとえば、ビジュアルアートにおいては、2011年に第1回アートステージシンガポールが行なわれ、3万人が入場しました。

翌年の第2回においては132のギャラリーが世界各国から参加していますが、シンガポール政府はこれにより、東南アジアにおけるアート・ハブをアートマーケットをつうじて形成しようとしています。

このほかにも、2010年代前半にイギリス軍駐屯基地のあった場所につくられたアートセンター「ギルマン・バラック計画」や新国立美術館の完工など、注目すべき動きが顕著になっています。

あらたな文化制度の2つの方向性

このようなあらたに創造されつつある文化制度には、2つの方向性があります。まず、エンターテインメント産業化による経済政策としての方向です。

とくに近年になって目まぐるしく変化しているのが巨大なエンターテインメント産業の登場です。

これ自体が総合的経済政策となっていて、ビエンナーレ・アートステージといったファインアート系であったり、カジノなどのエンターテインメント系、F1レースなど巨大イベント系、ユースオリンピックなどスポーツ系などが連携することで相乗的な経済効果をあげています。

これらは観光産業にも直結していて、伸び悩んでいた観光産業のあらたな振興策としての意味も大きいのです。

もう一つの方向が、そういった制度を支えるための文化的アイデンティティ再構築です。2012年10月まで、シンガポールでは情報・コミュニケーション・芸術省(MICA)が体系的に管理してきました。

その主要な政策として、文化遺産政策、図書館政策、創造産業・クラスターズ育成政策の3つをあげることができます。

まず、文化遺産政策は、国家遺産局があらゆる種類の博物館をシンガポール市内に集中配置し、シンガポールの社会および文化の歴史をして観光産業に利益をもたらすのみならず、これを通じてナショナル・アイデンティティ確立のために利用しています。

歴史的な国家ブランディングを構成して、ある種のノスタルジアが演出されています。

次に図書館政策ですが、国民の図書館利用を推進し、国民のリタラシー向上を目指しています。そのために、あらたにポストモダンな国立図書館(NLB)を建設し、さらに公立図書館をオンラインでつなぐシステムを確立しました。

そして、創造産業・クラスターズ育成制作は他の部署と協力しながらすすめられました。

たとえば、貿易産業省経済発展局のほか、メディア発展局です。また、シンガポール政府は2006年から創造産業に従事する若年層支援策として奨学金制度を創設して、その育成をはかってきました。

芸術文化政策における戦略的分業

ところが、2012年11月に行なわれた情報・コミュニケーション・芸術省の再編によって、創造産業・メディア産業、エンターテインメント産業を中心とした新文化政策と図書館政策は情報・コミュニケーション・芸術省をあらためたコミュニケーション・情報省(MCI)が担当することになり、これまでの芸術文化政策は文化・コミュニティ発展・ユース省の所管のもとで、文化的アイデンティティのインフラの役割をすることとなりました。

このような戦略的分業によって、従来の芸術文化政策を維持・発展しつつ、新しい分野へのさらなる挑戦を継続していく、というシンガポール政府の意思をあらわした改編であるといえるでしょう。

今もなお存在する検閲制度と芸術文化発展との関係など、課題もありますが、今後、政府の積極的な政策によってシンガポールにおける芸術文化環境のさらなる発展が見込まれます。

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カジノ解禁による観光立国の試み

総合リゾート(IR)

近年、シンガポールは新たに観光立国としての計画を進めています。その目玉となったのが国内にセントーサリゾートカジノ、マリーナベイサンズのカジノなど、外資系の巨大資本を入れ、マリーナベイサンズホテルなどの観光客に魅力的なトレードマークを作ったことです。

2010年にこれら「総合リゾート(IR)」と呼ばれるカジノを備えた総合レジャー施設が完成したことにより、シンガポールを観光目的で訪れる外国人は1,317万人に達しています。シンガポールは観光都市として次第に大きな成功を収めつつあるのです。

国論を二分する議論

しかし、それまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。

まず、2004年3月12日に当時のジョージ=ヨー貿易産業相がカジノ開設を検討すると国会で表明しました。低下していく観光地としてのシンガポールの競争力回復を狙ってのものでした。

シンガポールの観光収入は1995年から伸び悩んでいましたが、1997年のアジア経済危機と2003年の新型肺炎の拡散によって、追い打ちをかけられ、観光客は激減し、それにともなって観光収入も大幅に減少してしまったのです。

これにより、失業率も1986年以来最高水準になり、政府はあらたな雇用先を創出する必要がありました。

しかし、当初、イギリス植民地期の1829年に禁止されていたカジノの解禁をめぐっては国論を二分する議論となりました。

まず、閣内でも意見が分かれ、保守層からも反対の声があがりました。

これに対し、リー=シェンロン首相が「首相として最終責任を取る」と宣言して、カジノの導入を押し切りました。

首相が政治生命をかけて決断した、リー=シェンロン首相からすれば決して負けられない賭けでした。

このとき、国民にむけた説明で「総合リゾート」というコンセプトが説明されます。

これは、カジノの面積を1万5,000平方メートルに制限して、ホテル・レストラン・会議場・テーマパークを含む総合リゾートの一部にカジノを設置する、というものでした。

成功へ

こうして完成した2つのリゾートにはオープンした年である2010年に2,600万人が入場しました。周辺国の経済発展加速による富裕層の拡大やサブプライム危機からの回復とオープンの時期が重なったこともプラスに作用しました。

今日では、この成功に触発された日本を含む各国がカジノの導入の是非について議論するための視察団をシンガポールに派遣しています。

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工業地区に大規模モール?-生産中心から消費中心へ

ジュロン工業地区

1970年代、シンガポール経済を支えたジュロン工業地区はシンガポールの中心部から車で30分ほどの郊外にあります。

1961年から、これまでマングローブが生い茂る沼地であったジュロンで、外国資本を導入して工業団地の建設がはじまりました。

1970年代後半にはシンガポール国内最大の製造拠点に成長して、労働者とその家族のための公共団地も造成されました。

商業地としての再開発

ところが、長期国土計画において都市機能の分散が決定され、ジュロンの名がそこであがりました。

1991年に工業中心の街・ジュロンを商業地として再開発する方針がしめされたのです。

そして再開発はすすめられ、ジュロン・イースト駅周辺を中心として、つぎつぎと大型モールがオープンしました。

日本の紀伊国屋やユニクロ、伊勢丹なども進出し、シンガポール市内に出かけずとも、ジュロンであらゆるものが購入できるようになったのです。

また大型家具・家電モールも2014年のクリスマスにオープンし、ジュロンは賑わいを増しています。

これと並行して、高層マンション、病院、事務所、ホテルの建設もすすめられ、一部の公的機関もジュロンに移転をする。

こうして、ジュロンは職場、住居、商店がそろった利便性の高い街に生まれかわったのです。

消費を中心とする社会へ

これまで、シンガポールを支えた象徴的存在が、あらたな時代のニーズにあわせて生まれ変わるこのような例は、シンガポールが次の発展の段階に入ったことを示唆するものであると言えます。

そのような観点から言うならば、この再開発は、工業地域=生産施設であったものが、大型モール=消費施設へと変貌を遂げたことは、シンガポールが生産を中心とする社会から、消費を中心とする社会へと移行したことを顕著に物語るものなのです。

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「科学技術の国際ハブ」へ

医療ツーリズム振興

また、「シンガポールは科学技術の国際ハブ」と宣言し、シンガポール政府が主導して世界的な科学技術の拠点化を推進しています。

1990年代からすでに近隣諸国を中心に外国からの医療患者を受けれてきたシンガポールですが、2003年以降、医療ツーリズムを政策的に振興するようになりました。

これは経済開発庁、シンガポール観光庁、シンガポール国際事業団が共同で“Singapore Medicine”と銘打つキャンペーンを打ち出したもので、政府の資金を投入して医療ツーリズム市場の大幅な拡大を狙うものでした。

政府内における分業・協業

政府内における各組織の分業・協業は次のとおりです。

まず、シンガポール経済開発庁(EDB)は医療投資家を誘致して投資活動を促すとともに医療産業における能力開発を行ないます。

そして、シンガポール国際事業団(IE Singapore)は優秀な医師を確保したり、医療従事者を拡充するなど医療産業の育成と海外進出を促進します。

さらに、シンガポール政府観光局(STB)がシンガポール国内の旅行会社や医療事業者と協調しながら、観光と医療を抱き合わせたツ アー商品のブランディングのため、シンガポール保健省と協力してシンガポールの医療サ ービスの国際的マーケティングを行なう、というものです。

医療ツーリズムの人気訪問先へ

シンガポールは東南アジアにおける医療ツーリズムの人気訪問先のひとつとし て、その地位を固めています。

その理由は、アジア随一の高水準かつ先進的な医療 サービスを適切な価格で受けられることです。

隣国のマレーシアやインドネシアから、自国では受けることができない先進医療を受けるために数多くのこれらの国の富裕層が治療目的でシン ガポールを訪問しています。

シンガポールを訪れる医療ツーリストのうち、最上位 4 位は インドネシア、マレーシア、アメリカ、イギリスとなっています。

また、中国や中東か らの先進医療を受けに来る人々も増加していく傾向にあります。

シンガポールで受けられる医療サービスの費用は、同様なサービスを提供できる周辺国よりも高額であるのですが、シンガポールの競争優位性は癌(ガン)治療分野をはじめとした、いくつかの分野で良質な医療サービス提供が可能であるとともに、治安のよさや経済発展しているということから、社会秩序及び交通インフラ等がよく整備されており、さらに英語が広く通用することなどによって、医療ツーリストが安心して医療をうけることができることが人気の背景にはあります。

2010 年、医療目的でシンガポールを訪問する旅行者の数は 70万 人にのぼっています。

そして、かれらは滞在期間中に9 億 4,000 万シンガポールドル(約 752 億円)を消費しました。

私立大手医療グループのパークウェイパンタイ グループ傘下の病院や私立大手病院であるラッフルズ病院の患者のうち約30%、公 的医療機関が 2012 年に治療した患者のうち約20%が外国人であった、という統計があります。

シンガポールでは市場規模が限られていますので、先進的で良質な医療技術を発展させていくためにも外国人患者の受け入れによる外貨獲得が必須とされています。その利潤により、さらに医師が専門分野の研究を行なうことで、医療技術の向上が図られるという好循環が期待されているのです。

不満の声と政府の対応

しかしながら、医療ツーリストの大量流入に対しシンガポール国民から、待ち時間の増加など、不安の声があるのも事実です。

コー=ブンワン保健相はこれらの国民の声に対して「シンガポールでは公立病院も海外からの医療ツーリストを受け入れてはいるが、公立病院が国外で自らの病院の医療ツーリス ト獲得のための宣伝活動を行うことは禁じられている。医療サービスの提供に関しては 当然シンガポール国民の利益が最優先であり、医療ツーリスト誘致のために国民の利益 が犠牲になることはない」と語って国民優先の医療体制には揺るぎがないことを明言しています。

シンガポール政府は自国民のニーズにそった医療と 産業としての医療とのバランスを慎重に判断し、いかに国民の理解を得ていくのか、ということが課題になっています。

バイオポリス構想

また、税制優遇や補助金などシンガポール政府の積極的な誘致策によって、世界の製薬・バイオ企業がシンガポールに集積してきています。

日本の早稲田大学バイオサイエンス研究所もシンガポールに海外拠点を置き、最先端技術の開発を進めています。

このように、シンガポールの医療ツーリズム政策は、海外からの受け入れ患者数の増加を目標とするのみならず、バイオ医療関連の企業や研究機関を誘致するバイオポリス構想と連携して、アジアにおける医療ツーリズムをリードすることを目指していることが特徴であるのです。

アジアの高等教育ハブ

教育でも、アジアの高等教育ハブを目指して、グローバル・スクールハウス戦略を推進しているところです。

アメリカのシカゴ・ビジネススクールやINSEADなど欧米のビジネススクールの分校を誘致し、ペンシルベニア大学ウォートン校とシンガポールの大学との共同センターの設立、さらにはMITやスタンフォード、早稲田大学との提携による共同カリキュラムの導入などといったさまざまな取り組みが行なわれています。

中国、インドからの留学生年間15万人、企業研修では10万人を受け入れ、成長する新興国との人材ネットワークづくりにも積極的です。

コンテンツのハブ

また、映像やゲームなどの開発拠点を集めたコンテンツのハブも目指しています。

この分野については日本にとっても学ぶところが多く、同時に日本がサポート可能なことも多いので、今後、相互の交流によって日本とシンガポール双方にとって利益となる「ウィン・ウィン」のビジネスが期待されます。

「成熟成長」時代の経済発展戦略

ラッフルズ以来、経済発展が社会の原動力になってきたシンガポールも二桁成長をするような高度成長の時代はすでに過去のものであり、いわゆる「成熟成長」の時代にはいりました。

低成長時代にあって、今後も安定的に経済発展を続けていくことは、シンガポールにとって変わらぬ課題でありつづけるでしょう。

 

下記はシンガポールの歴史記事についての一覧です。

シンガポールの歴史【完全ダイジェスト版】 約1万文字

シンガポールの歴史 完全版 約10万文字

シンガポールの前近代 

「大英帝国」の形成とシンガポールの植民地化

イギリス統治下のシンガポール

第二次世界大戦とシンガポール

シンガポール自立への模索

シンガポールの独立とリー=クアンユー体制

リー=クアンユーの辞任以降のシンガポール(政治編)

リー=クアンユーの辞任以降のシンガポール(社会編)

リー=クアンユーの辞任以降のシンガポール(国家戦略編) 今回読まれた記事

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