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シンガポールの言語事情、4つの公用語とシングリッシュ

シンガポール言語   26,696 Views

シンガポールは東京23区ほどの小さな国ですが、とてもユニークな言語環境にある国です。

シンガポールでは4つの言語が公用語として定められており、ほぼすべてのシンガポール人が英語ともうひとつの言語を話すことができます。

それに加え、シングリッシュと呼ばれるシンガポール独特の英語も存在します。

ここではシンガポールの言語事情や政府による言語政策の歴史などについて、詳しく紹介していきます。

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Contents

シンガポールには公用語が4つある

シンガポールには公用語と定められている言語が4つあります。

マレー語、中国語、タミル語、そして英語です。

それぞれの言語について、詳しく紹介していきます。

シンガポールの民族構成と言語

多民族国家シンガポールの民族構成は、中華系が74%、マレー系が13%、インド系が9%です。(外務省公表データ、2016年6月現在)

シンガポール人を構成する民族の割合としては中華系が圧倒的に多いですが、それぞれの民族の言語が平等に公用語として認められています。

各民族の中にはさらに複数の言語が存在しますが、シンガポールでは中華系はマンダリン(標準中国語)、マレー系はマレー語、インド系はタミル語が公用語と定められています。

シンガポールでは、各民族が各自の伝統や生活スタイルを守って生活することが認められているので、言語もそれぞれの民族の言語を使うのです。

4つの言語のシンガポールでの地位と機能

シンガポールでは、ほぼすべての国民が最低でも二つの言語を使うことができます。自分の民族の言語と英語です。

学校でも、各民族の言語と英語の両方で授業が行われており、これが建国以来のシンガポール政府の言語政策の基本方針となっています。

多民族多言語国家のシンガポールにおいて、国の共通言語としての役割を果たしている言語が英語です。

シンガポールには4つの公用語がありますが、公的機関の書類はすべて英語で書かれています。

公的機関のホームページの表記もすべて英語で、中国語やマレー語など他の言語に対応しているページは基本的にありません。

例外的に、地下鉄や工事現場などでの注意書きには4つの言語が並列で使われていますが、これはシンガポール国民向けではなく、外国からの出稼ぎ労働者や旅行者に向けたものではないかと推測されます。

 

ビジネスの場面でも英語が主に用いられます。

たとえば中華系シンガポール人同士でやり取りをする際、会話は中国語になりますが、メールや資料などはすべて英語で作成します。

また、中華系シンガポール人同士が中国語で会話をしていたところに、一人でも他の言語を母語とする人が加わると、全員がすぐに英語に切り替えて話し始めます。

シンガポールでは名実ともに英語が多民族間の共通言語としての役割を果たしているのです。

このように、シンガポールで最も多く使われている言語は英語ですが、4つの公用語の中で国語(National Language)としてシンガポールの憲法で定められている言語はマレー語になります。

これは、元々シンガポールがマレーシアから分離独立したという歴史によるものです。

シンガポールの国歌「Majulah Singapura(マジュラ・シンガプーラ)」の歌詞はマレー語になっており、建国記念日の式典など公式の場ではシンガポール国民全員がマレー語で歌います。

また、シンガポール軍隊の号令などもマレー語で行われています。

しかし、マレー系民族以外のシンガポール国民の多くはマレー語の意味を理解することができないため、国語としてのマレー語の位置づけは、儀礼的なものでしかありません。

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シンガポールの公用語1:マレー語

マレー系民族の公用語として定められているのがマレー語です。

マレー語は主にマレーシアで使われている言語で(マレーシアでは「マレー語」ではなく「マレーシア語」と呼ばれます)、シンガポールの他にブルネイでも公用語になっています。

マレー語はインドネシア語ととても近い言語なので、片方がマレー語、片方がインドネシア語で話したとしても会話が成立するとも言われています。

シンガポールで一番身近に感じられるマレー語は地名です。

Jalan Besar(ジャラン・ベサール)、Bukit Merah(ブキッ・メラ)など、マレー語を語源とする地名が数多く存在しています。

マレー語でJalanは「道」という意味で、Bukitは「丘」という意味です。

Jalan~やBukit~という地名はシンガポールのいたるところで見ることができます。

シンガポールの国語はマレー語

前述の通り、マレー語はシンガポールの4つの公用語の中で唯一、国の言語として憲法で定められています。

しかし、マレー系民族はシンガポールの人口のわずか13%を占めるにすぎません。

それにも関わらずマレー語が国語となっているのは、シンガポールという国の成り立ちに理由があります。

シンガポールは1963年にマレーシア連邦として、マレーシアと共にイギリスからの独立を果たしました。

しかしそのわずか2年後の1965年8月に、シンガポールはマレーシア連邦から追い出される形で独立国家となります。

マレーシアだけでなく、反対側にはインドネシアという別のマレー系国家も存在します。

この2つのマレー系大国に挟まれた地理的環境で、シンガポールという天然資源も何もない小さな島国が生き延びるためには、マレーシアとインドネシアを刺激しないことが重要でした。

このような歴史的背景から、シンガポールは人口の80%近くを占める中華系民族が使う中国語ではなく、マレー語を「国語」として採用したのです。

しかし現在、マレー語はマレー系同士の会話でしか使われておらず、国語としての役割は国歌や軍隊の号令など儀礼的な場面のみに限定されています。

シンガポール独立の詳細な歴史については「シンガポールの歴史」をご覧ください。

マレー語基本会話

マレー語は基本的にアルファベットをローマ字読みするだけで通じやすい言語と言われています。

ここでは簡単なマレー語の会話を紹介します。

「おはよう」

Selamat Pagi (スラマッ パギ)

「こんにちは」

Selamat Tengah Hari (スラマッ トゥンガ ハリ)

「こんばんは」

Selamat Petang (スラマッ プタン)

「おやすみなさい」

Selamat Malam (スラマッ マラム)

「さようなら」

Selamat Tinggal (スラマッ ティンガル)

「ありがとう」

Terima Kasih (テレマカシ)

「どういたしまして」

Sama-sama (サマサマ)

「ごめんなさい」

Minta Maaf (ミンタ マアフ)

「元気ですか?」

Apa Khabar? (アパ カバー)

「元気です」

Khabar Baik (カバッ バイッ)

「ごはん食べた?」

Sudah Makan? (スダッ マカン)

最後のSudah Makan?は直訳すると「ごはん食べた?」という意味ですが、親しい間柄の人に対して「元気にしてる?」という挨拶の意味で使われることが多いです。

食べるという意味のMakan(マカン)という単語は、シンガポールでもよく使われます。

シンガポールのホーカー(フードコート)で店の人にMakan?と聞かれたら、「持ち帰りではなくここで食べるか?」という意味になります。

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シンガポールの公用語2:中国語

シンガポールの人口の8割弱を占める中華系民族は中国語を話します。

一言で「中国語」といっても、その中には数多くの方言が存在し、方言同士では意思疎通ができない程に、それぞれの言語は大きく異なっています。

そのため中国本土では、中国政府が北京語をベースにした「標準中国語」(英語では「マンダリン」、中国語では「普通話プートンファ」と呼ばれます)という共通言語を設定し、学校教育や公共放送などで使用しています。

シンガポールでも、この標準中国語(以下、「マンダリン」)を公用語として採用しています。

中国語の中でもマンダリンを公用語に設定

シンガポールがマンダリンを公用語としているのは一見当たり前のことに思えますが、マンダリンが公用語に採用された当時の状況は現在とは異なるものでした。

シンガポールの中華系住民は、中国内でも言語を異にする多様な地域の出身です。

その中でも多かったのは中国の南東部からの移民やその子孫で、彼らは福建語、潮州語、広東語、客家語、海南語などの中国語の方言を母語としていました。

そのため、独立前のシンガポールでは福建語(ホッケン語)を話す人が一番多く、福建語が中華系住民の共通言語として通用していました。

一方、マンダリン(北京語)を母語とする中華系住民は、1957年時点で総人口のわずか0.1%程度にすぎませんでした。

しかし、マレーシア連邦からの独立時、シンガポール政府は中華系住民の公式言語としてマンダリンを選択します。

そしてシンガポールの学校教育やメディアでもマンダリンが使われ、今では多くの中華系住民がマンダリンを母語として使いこなすようになっています。

実はシンガポールがマンダリンを公用語に設定した1960年代当時、中国では政府の共通言語政策が始まったばかりで、当時のマンダリンは、現在のような全世界で10億人以上が話す言語ではありませんでした。

それにも関わらずシンガポール政府は、国内で多数派の福建語ではなく、少数派のマンダリンを中華系住民の共通言語に採用しました。

そのお陰で、現在中華系シンガポール人は中国人と同じ言語でコミュニケーションをすることができ、中国企業への就職や中国市場でのビジネスをスムーズに行うことが可能になっています。

シンガポールの初代首相であるリー・クアンユー氏や当時の政府が、現在の中国の勢いとマンダリンの普及度を予測した上で、50年以上も前にマンダリンを共通言語とする政策を取っていたのであれば、驚くべき先見の明です。

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家庭内で根強く残る中国語の方言

現在中華系シンガポール人の共通言語としてマンダリンが普及していますが、各家庭内では依然として中国語の方言が根強く残っています。

特に1960年代以降の学校教育を受けていない60代以上の中華系住民は、マンダリンを上手く使うことができないため、元々の母語である中国語の方言を主に使って生活しています。

そのため、家庭内では先祖の母語である福建語、友人とはマンダリン、会社では英語というように、相手により3つの言語を使い分けている中華系シンガポール人が数多くいます。

最近では言語習得状況の世代間格差が大きくなり、高齢者はマンダリンが話せず、若者は中国語の方言が話せないという状態になりました。

そのため、親とは福建語で話し、子どもとはマンダリンで話すというように、家庭内でも異なる言語が使われるケースも多いようです。

また、マンダリンが中華系シンガポール人の共通言語として定着する一方で、中国語の方言しか話せない高齢者をめぐって、祖父母と孫がコミュニケーションを取れない、高齢者施設で要介護者とヘルパーが意思疎通できないといった新たな社会問題も発生しています。

中国語基本会話

ここでは簡単な中国語(マンダリン)の会話を紹介します。

「おはよう/おはようございます」

早(zaoザオ):親しい人に対して使います。

早上好(zao shang haoザオシャンハオ):目上の人に対して使います。

「こんにちは」

你好(ni haoニーハオ)

昼間だけでなく、朝や夜に使っても問題ありません。

「こんばんは」

晚上好(wan shang haoワンシャンハオ)

「さようなら」

再见(zai jianザイジェン)

「ありがとう」

谢谢(xie xieシエシエ)

「どういたしまして」

没事(mei shiメイシ-)

中国では「どういたしまして」と言う際には「不用谢(bu yong xieブーヨンシエ)」や「不客气(bu ke qiブクーチー)」が一般的ですが、シンガポールでは「没事」が使われることが多いように感じます。

日本語で言うと「大したことではないよ」という意味になります。

「ごめんなさい」

不好意思(bu hao yi si ブーハオイース―)

「元気ですか?」

你好吗?(ni hao maニーハオマ)

「元気です」

很好(hen haoヘンハオ)

シンガポールでは中国と同様、簡体字という簡略化した漢字が公式に使われています。

しかし、1969年以前のシンガポールでは繁体字(現在も台湾や香港で使用)が使われていたため、今でもシンガポールの街中には、繁体字で書かれた店名や看板などが数多く残っています。

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シンガポールの公用語3:タミル語

インド系民族の公用語として定められているのがタミル語です。

タミル語とは、主に南インドに住むタミル人が使う言語です。

現在インドでは22の言語が指定言語として定められていて、タミル語はその指定言語のひとつではあるものの、インドの主流言語ではありません。

インドの公用語であるヒンディー語を母語としている人が約5億人なのに対し、タミル語を母語としている人は約7000万人と、七分の一以下です。

ではなぜ、インドの公用語であるヒンディー語ではなく、タミル語がインド系民族を代表する言語としてシンガポールの公用語に指定されているのでしょうか。

それは、シンガポールに住むインド系住民の中で、タミル語を母語とする人数が一番多かったからです。

タミル語はシンガポールの他に、スリランカでも公用語のひとつになっています。

制度上では他の公用語と同等の扱いを受けているタミル語ですが、中国語やマレー語に比べ、シンガポール内での存在感は薄いと言わざるを得ません。

タミル語を母語とする人とヒンディー語を母語とする人では意思疎通が困難なため、インド人同士であっても英語でコミュニケーションをとることもあります。

そのため、シンガポールにおけるタミル語の使用は、元々タミル語を母語とする地域出身のインド系住民のみに限られています。

シンガポールの公用語4:英語

多民族国家のシンガポールで、民族にかかわらず使われている言語が英語です。

シンガポールは1824年から1963年までの約140年間イギリスの統治下にあったため、シンガポールで使われる英語は、アメリカ英語ではなくイギリス英語をベースとしたものになります。

多民族の共通言語としての英語

多民族国家シンガポールにおいて、英語は異なる民族の人とコミュニケーションを取る際の共通言語としての役割を果たしています。

同じ民族の人とはマンダリン、マレー語、タミル語などそれぞれの民族の言葉で話しますが、会話の輪の中にひとりでも違う民族の人がいれば、全員が英語で話すというのがシンガポール人の習慣として定着しています。

英語は学校教育やビジネスの場でも、広く共通言語として使われています。

また、シンガポールの公的機関でも英語が業務言語として使われており、政府からの伝達事項、戸籍などの証明書、電気やガスなど公共料金の明細といった公的な書類はすべて英語になっています

英語を公用言語にした初代首相リー・クアンユーの思惑

1963年の独立時に、シンガポールの初代首相となったリー・クアンユー氏は、どの民族の母語でもなかった英語をシンガポールの公用語と定めました。

そして学校教育の場でも英語を第一言語、各民族の母語を第二言語とし、徹底的に英語を重視した政策を取りました。

リー・クアンユー氏が英語をシンガポールの第一言語にした思惑は、彼の発言がまとめられた書籍『リー・クアンユー、世界を語る』(グラハム・アリソン、ロバート・D・ブラックウィル、アリ・ウィン 著、倉田真木 翻訳、サンマーク出版、2013年)で詳しく明かされています。

世界レベルで優秀な人材の共通言語は英語である

世界の主な国際機関や国際的な外交やビジネスの場では、英語が共通言語として使われています。

英語が国際的な共通言語として使われ始めたのは、イギリスが大英帝国として世界中で隆盛を誇った数百年も前からだと考えられています。

リー・クアンユー氏はアメリカが20世紀に入り大きく繁栄した理由のひとつは、英語が公用語であったため、世界中から優秀な人材を集めやすかったことだと述べています。

英語がシンガポールの主要言語であれば、アジアやヨーロッパなどから英語を話せる優秀な移民や人材がシンガポールに多数集まってくると考え、リー・クアンユー氏は英語をシンガポールの第一言語にしたのです。

先端分野での最新の議論は英語で行われている

科学、技術、発明など最先端分野での世界トップレベルの議論は英語で行われています。

これは歴代のノーベル賞受賞者の約半数が英語圏の国籍者であり、国際的な研究論文の発表は英語で行われていることからも明らかです。

リー・クアンユー氏は、国際的な技術革新や発見は英語を中心に行われることを早くから意識しており、シンガポール人が最先端分野で活躍するためには、英語という共通言語を習得していることが必須であると考えていました。

天然資源も何もない小さな島国のシンガポールが国際社会で生き残っていくためには、人が唯一で最大の資源です。

英語という言語を媒介に、世界中からシンガポールに優秀な人材を引き寄せ、またシンガポール人が国際舞台で活躍できるようになることを目指して、リー・クアンユー氏は建国当時からシンガポールの第一言語を英語にしていたのです。

シンガポール人のアイデンティティと英語の関係

シンガポールにおける英語の識字率(15歳以上)は1957年に22.2%、2000年に70.9%になり、最新の国勢調査(2010年)では79.9%にまで上昇しています。

シンガポール人の生活に英語が定着するにつれて、英語第一言語世代、つまり各民族の言語ではなく英語を一番流暢に使いこなすことのできるシンガポール人が増えてきています。

家庭内で英語を話すシンガポール人の割合が、1980 年には 11.6%、1990 年には 20.3%、2010 年には 32.3%にまで上昇しているのです。

英語第一言語世代のシンガポール人が増えるにつれて、「英語を話すこと」がシンガポール人としての重要なアイデンティティとなってきています。

シンガポールでは各民族がそれぞれの伝統や生活スタイルを守って生活していますが、民族意識と同じぐらいに、「シンガポール人」であるという意識を強く持っています。

たとえば中華系シンガポール人は「自分は中国人ではなくシンガポール人だ」と考えていますし、マレー系シンガポール人も「自分はマレーシア人ではなくシンガポール人だ」と意識しています。

多民族国家のシンガポールにおいて、英語、そして第2章で詳しくご紹介するシンガポール英語(シングリッシュ)という言語を共有することが、シンガポール人としてのアイディンティを自覚する一つの方法になってきているのです。

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シンガポール独自の言語シングリッシュ

シンガポールの言語状況を語るうえで欠かせないのが、シングリッシュ(Singlish)と呼ばれるシンガポール独自の英語です。

この章ではシングリッシュについて詳しく紹介していきます。

シングリッシュとは

シングリッシュとは、その名の通り、シンガポールSingaporeと英語Englishを合わせた造語で、シンガポールで話されている独特な英語のことを指します。

シングリッシュはイギリス英語をベースにし、そこにシンガポール国民の母語である福建語やマレー語、タミル語など複数の言語が混じって生まれた言語です。

さらにテレビなどの影響で、アメリカ英語やオーストラリア英語の単語や文法構成にも影響を受けていると言われています。

シングリッシュは「なまりがひどい」「文法的に間違っている」「ブロークンイングリッシュだ」などと揶揄されることも多いのですが、多民族・多文化国家であるシンガポールを体現する言語なのです。

シングリッシュの特徴

シンガポール独自の英語・シングリッシュの主な特徴について、「発音」と「文法」それぞれにわけて紹介していきます。

シングリッシュの発音の特徴

英語のわかる人がシングリッシュを耳にすると、何を言っているのかまったくわからず面食らうことが多いようです。

その原因のひとつは、シングリッシュの持つ独特の発音です。

シングリッシュの代表的な発音の特徴をいくつか紹介します。

・単語の最後の音が消える

シングリッシュでは、単語の語尾にある子音が発音されずに飲み込まれることがあります。

飲み込まれるというのは、カタカナで表現すると、最後の音が「ッ」で終わるようなイメージです。

たとえば「駐車場」という意味の<Car Park>は「カッパッ」と発音され、「いりません」という意味で使われる<No Need>は「ノニッ」というような発音になります。

これは福建語や広東語など中国南部の方言に見られる現象で、マレー語にも同じような特徴があります。

シンガポール人の大部分がこれらの地域の言語を母語にしているので、その特徴がシングリッシュにも取り込まれたと考えられます。

・<th>の発音が<t>や<d>になることがある

通常の英語では、<th>は舌の先を上下前歯の間に軽く挟んで「スー」と発音します。

しかし、シングリッシュの場合、「考える」という意味の<think>は「ティンク」と<t>の音で発音され、「彼ら」という意味の<they>は「デイ」と<d>の音で発音されています。

・文章のリズムや強弱のつけ方に中国語の影響を受けている

通常の英語は、単語と単語の間をあまり空けず、流れるように発音する特徴があります。

たとえば<I like it>を「アイ ライク イット」とは言わず、「アライキット」のように繋げて発音します。

しかしシングリッシュの場合には、一語一語をしっかり区切って発音することが多くなります。

また、一つの文章の中で音が上がったり下がったり、複数の強弱をつけて発音することがあります。

これは一音ごとに声のトーンが変わる中国語の発音の特徴の影響を受けていると考えられ、文章全体のリズムも、中国語でのリズムに英単語を乗せているように聞こえることが多くあります。

 シングリッシュの文法の特徴

シングリッシュには、英語本来の文法を大胆に単純化している点が多くあります。

・動詞の変化が少ない

過去形、未来形など時制による動詞の変化がありません。

たとえば<I meet him yesterday>のように、時を表す副詞やほかの単語を一緒に使うことで時制が表されます。

また、通常主語が3人称単数の場合、動詞の語尾に<s>が付きますが、シングリッシュではつかないことが多くなっています。

・主語やto、be動詞などを省略する

・名詞を複数形にせずに使う

・同じ言葉を繰り返す

同じ単語を2回3回と繰り返し使って、「強調」や「軽い命令」の意味を持たせます。

たとえば<It is cheap cheap>という繰り返しは「とても安い」という強調の意味になり、<Wait Wait>は「ちょっと待って」という軽い命令になります。

これも中国語やマレー語の特徴を受けていると言われています。

・文末に「ラ」や「マ」をつける

シングリッシュと言えば「XXラァ~」というイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。

シンガポール人が語尾に多用する「ラ」は<lah>や<leh>という綴りになり、「ラァ」と少し伸ばすような発音になります。

実はこの「ラ」自体にあまり大きな意味はなく、日本語の「~だよ」「~ね」に当たる音です。

同じように、疑問文の場合は「マ」が語尾につきます。

これは中国語で疑問文の最後に付ける「吗ma」と同じ使い方になります。

シングリッシュでは、通常の英語の疑問文のように<Do you speak English?>」と<Do>を使うよりも、<You speak English ma?>と普通の文章の後ろに「マ」を付けただけで疑問の意味にすることが多くなります。

代表的なシングリッシュの例

シングリッシュの例として一番有名なのが、「Canという単語だけで会話をする」というものです。

店で買い物をする時の会話を例として挙げてみます。

客:Discount, can ma?(安くできますか?)

店員:Can!(できますよ!)

客:Can?(本当に?)

店員:Can, can!(もちろんできますよ!)

文章で書くとお笑いのようですが、このような会話はシンガポールで実際によく耳にします。

他にも語尾に「ラ」を付けて、<Can lah><OK lah>(「できるよ」「いいよ」という意味)という表現も頻繁に使われています。

シンガポール人のシングリッシュと英語の使い分け

シングリッシュは長らく、外国人に理解されない間違った英語だとみなされてきました。

リー・クアンユー元首相をはじめとするシンガポール政府は、シングリッシュを「シンガポール人に負わせてはならないハンディキャップ」とし、シングリッシュではなく正しい英語を話すようシンガポール国民に呼びかけてきました。

現在シンガポールのテレビなどの公共放送では、シングリッシュの使用が禁止され、一般的な英語で放送が行われています。

政府のこうした働きかけにも関わらず、シンガポール人は自分たちならではの言語として、シングリッシュを好んで使い続けてきました。

今やシングリッシュの使用は、シンガポール人であるというアイデンティティのひとつになっているのです。

そのため現在では、親しい友人との日常会話はシングリッシュで、ビジネスなどの改まった場や外国人との会話は「正しい」英語で、というように、シングリッシュと英語を使い分けるシンガポール人が多くなりました。

また、同じ民族の人と会話する時は、シングリッシュと中国語、シングリッシュとマレー語のように、シングリッシュと自分たちの母語をごちゃ混ぜにして使うことも多くあります。

このようなシンガポール人の言葉の使い方を見ていると、相手と意思疎通ができさえすれば、どんな言語を使っていても問題ない、というシンガポール人の言語に対する柔軟な考え方が感じられます。

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シンガポールの言語政策

多民族・多言語国家であるシンガポールにとって、言語教育政策は国の根幹となる重要なものです。

シンガポール政府は1965年のシンガポール建国当時から明確な言語政策を打ち出し、実行してきました。

その主軸となるのが、英語とそれぞれの民族の母語のバイリンガルを育てるという方針です。

シンガポールの言語政策の歴史と成果、問題点などについて詳しく見ていきます。

シンガポール人の言語能力~英語と母語のバイリンガル

現在、ほとんどのシンガポール人が、最低でも英語とそれぞれの民族の母語という二つの言語を使うことができます。

シンガポールの小学校では、基本的に英語で授業が行われています。

それに加え、各民族の言語(中国語、マレー語、タミル語のいずれか)を第二言語として学びます。

また、各家庭では民族の母語を使うことが多いので、学校教育以外でも各民族の言語を使う機会が存在します。

現在シンガポールの学校教育で第一言語となっている英語は、シンガポールの独立前から共通言語として使われてきました。

イギリス政府が1947年にシンガポールに自治を与える計画の準備を始めた際、英語を多民族の共通語とする国民統合政策を採用し、各民族の学校で小学校3年生から英語を必修とすることにしたのです。

その後、シンガポール独立前には、英語・マレー語・民族の母語の3つを教育言語とする三言語政策が試された時期もありましたが、結局これは子ども達の負担が大きく、教師の確保も困難だったことから断念されました。

そしてシンガポール独立後には英語と民族の母語の二言語政策がとられることになったのです。

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シンガポール言語政策の歴史

シンガポール独立後約50年間の言語政策の歴史を、二言語政策が開始されたシンガポール独立~1970年代、英語重視の教育が確立した1980年代、能力別の言語教育が確立された1990年代以降の3つに分けて見ていきましょう。

独立から1970年代のシンガポール:二言語政策の開始

1965年のシンガポール独立後すぐに、マレー語、中国語、タミル語、そして英語の4つの言語がシンガポールの公用語として定められ、教育の場においては、英語と民族の母国語の2つの言語を併用する政策が開始されました。

この時期には、英語学校と、各民族語の学校がそれぞれ存在し、シンガポール人の親は子どもをどちらの学校に入学させるか選ぶことができました。

英語学校とは、英語が教育言語(英語で算数や理科など各科目の授業が行われる)であり、第一言語として英語、第二言語として各民族の言語が教えられる学校になります。

英語学校にはマレー系、中国系、インド系すべての主要民族の子どもたちが通っていました。

一方マレー語学校、中国語学校、タミル語学校では、各民族の言語で授業が行われ、第二言語として英語が教えられていました。

英語学校と違い、マレー語学校はマレー系の子どもたち、中国語学校には中華系の子どもたちというように、子どもたちは民族毎に分かれた学校に通っていました。

どちらの学校でも、小学1-3年生の間は語学の習得が重視され、第一言語だけでなく、第二言語の授業も小学1年生から行われていました。

1967年~1975年の間、シンガポール政府は二言語教育の強化に力を入れ、英語学校では公民(道徳)を各民族の言語で教えることにしたり、非英語学校では理科と算数を英語で教えることにしました。

その後も第二言語で授業が行われる科目が増やされていき、1975年には全授業科目の約4割が第二言語で教えられることになりました。

1980年代のシンガポール:英語重視の教育へ

しかし、政府の二言語教育の強化に反し、シンガポール人は英語教育へのシフトを進めていきました。

シンガポールでの言語学校別の小学1年生の入学者数を見てみると、1965年時点では、約60%が英語学校に入学していました。

その後英語学校を選ぶシンガポール人の子どもの割合はどんどん増え、1979年には90%近くにまで増加しました。

英語学校への進学率が急増した理由は、シンガポールでは大学などの高等教育が主に英語で行われていたことから、初等教育の段階から子どもを英語学校に通わせたいと考える親が多かったためです。

英語学校へのシフトが特に早かったのはインド系民族で、1975年以降はタミル語小学校への入学者数がゼロになり、タミル語小学校は1981年に消滅することになりました。

インド系民族の場合、元々タミル語以外のインド系言語を母語にする人たちも多かったことから、インド系の公用語がタミル語と定められた際に、馴染みのないタミル語ではなく汎用性のある英語を教育言語として選択し、いち早く英語の使用へ方向転換を進めたためと考えられています。

その後マレー系民族、中華系民族でも同様に英語学校への流入が進んだため、シンガポール政府は1980年に教育制度の見直しを行い、1987 年からはシンガポールのすべての小学校が英語学校となりました。

これにより、シンガポールではすべての子どもたちが小学校から英語で授業を受け、小・中学校では、中国語、マレー語、タミル語のいずれかを第二言語として学ぶようになりました。

1990年代以降のシンガポール:能力別言語教育の確立

このように、英語を主軸とした二言語教育を続けてきたシンガポール政府ですが、初期の頃から問題になっていたことがあります。

それは、二言語教育を受けた子どもたちの言語習得レベルが低いということです。

シンガポールには小学校卒業試験(PSLE)と中等学校終了時の普通教育資格証明試験(Oレベル)がありますが、試験を受けた子どもたちの60%が言語科目に不合格で、Oレベル試験での二言語の合格率はわずか19%だったのです。

当時リー・クアンユー首相は「二言語を完全にマスターできるのは3~5%、第一言語を完全にマスターし、第二言語もかなりの程度に達するのは 10~15%にすぎない」と認識した上で、「教育方法と時間を上手く合致させ、言語環境を変えれば、12 年~ 15 年後には、シンガポール人の約 80%が二言語をマスターできるようになる」と改めてシンガポール国民の二言語取得への目標を掲げました。

この方針を受けて言語政策の見直しがなされ、1980 年代からは、まず一つの言語(多くの場合英語)に習熟させることを第一の目標にし、学習能力の高い子どもには第二、第三の言語を学習させることになりました。

1992年からは、英語と各民族の言語の能力を評価基準として子どもたちを3つの能力別コースに分けて教育する仕組みが開始され、現在のシンガポールの能力別言語教育の基礎が出来上がりました。

シンガポールの小学校では、小学4年生終了時に、それぞれの英語、第二言語、算数の成績によって、EM1、EM2、EM3という3つのコースに振り分けられ、小学5年生6年生の2年間はそれぞれのレベルに合わせた言語教育を受けることになります。(なお、2004年からEM1とEM2は統合されています)

そして、小学校卒業試験(PSLE)の結果により、中等学校への進学の可否や、中等学校でどの能力コースに所属するかが決定され、中等学校でも引き続き能力別に異なる言語教育を受けることになります。

このような言語政策の結果、多くのシンガポール人が英語と各民族の言語のバイリンガルという現在のような状況が確立されていったのです。

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シンガポール言語政策の課題

1965年の独立以来、常に明確な言語政策を掲げて進んできたシンガポール政府ですが、未だに解決しているとは言い難い課題も抱えています。

その一つが、中華系シンガポール人のマンダリン能力の低下と、その影響で発生した中国方言話者の孤立です。

もう一つは、シンガポール独特の英語、シングリッシュの使用をめぐるシンガポール政府とシンガポール国民の攻防です。

それぞれの経緯と現在の状況について詳しく見ていきましょう。

中華系民族のマンダリン能力の低下~スピーク・マンダリン・キャンペーン

シンガポール人口の約8割を中華系住民が占め、マンダリン(標準中国語)が中華系住民の公用語として定められているのは「第1章シンガポールには公用語が4つある」で述べた通りです。

しかし、元々シンガポールでマンダリンを母国語とする人は総人口の0.1%程度しかおらず、多くの中華系住民が福建語、潮州語、広東語、客家語、海南語などの中国語の方言を母語としていました。

その状況の中で、シンガポール独立以降は英語重視の教育が進められたため、中華系住民は元々日常的に使っていた中国語方言と、学校で使う英語の二言語ができれば生活に支障がありませんでした。

そのため、複数の中国語方言がシンガポール内に根強く残る一方で、公用語であるマンダリンを十分に話すことのできない中華系住民が多数存在するという状態が続いていました。

この状況を改善するべく、シンガポール政府は1979年から「Speak Mandarin Campaign(スピーク・マンダリン・キャンペーン)」を開始しました。

これは中華系シンガポール人同士が話す時には、英語や中国語方言ではなくマンダリンを使おうという運動です。

5年以内に若い中華系シンガポール人がマンダリンで話せるようにすること、そして 10 年以内にはローカルな喫茶店や露店でも使用言語をマンダリンにするという目標が掲げられました。

マンダリンの使用はあくまでも推奨という名目でしたが、シンガポール政府は 1981年 11月に広東語のテレビドラマの放送を打ち切り、1982年からはすべての中国語番組をマンダリンに切り替えました。

そして中国語の方言によるテレビ放送や映画の上映などが原則として禁止されるなど、徹底的なマンダリン推進策が取られました。

これには、マンダリンという共通言語の存在感を高めることで、中華系シンガポール人としての共通のアイデンティティを持たせようという政府の意図があったと考えられます。

このような徹底したキャンペーンの結果、1989年には10歳~15歳の中華系シンガポール人のうち8割以上が、日常生活においてマンダリンを使いこなせるようになるなど、特に若い世代に対して着実な成果を上げました。

このスピーク・マンダリン・キャンペーンは開始から30年以上が経った現在も引き続き行われていて、毎年様々なイベントやコンテストを通し、マンダリンの使用が推奨されています。

「スピーク・マンダリン・キャンペーン」のサイト

http://mandarin.org.sg/en

マンダリンが若い世代の中華系シンガポール人の共通言語として定着する一方で、スピーク・マンダリン・キャンペーンの時期に既に学校教育を終えていた高齢者世代には、なかなかマンダリンは定着しませんでした。

その結果として、中国語の方言しか話すことのできない高齢の中華系シンガポール人がコミュニティから疎外されてしまうという新たな問題が生じるようになりました。

若い世代の中華系シンガポール人はマンダリンを使う代わりに方言がわからないことも多いので、中国語の方言しか話すことのできない高齢者は、孫とコミュニケーションを取ることも、公的機関の担当者や福祉施設のヘルパーなどと意思疎通を図ることも満足にできなくなってしまったのです。

このような事情を反映して、近年ではシンガポール政府も一部中国語方言を容認する動きを見せ始めています。

独立以来、シンガポール政府は政治・社会の安定化や経済発展を最重視し、言論の自由など一部の国民の権利を制限するような政策を維持してきました。

しかし、2011 年の総選挙では、実質的な一党独裁体制を続ける与党・人民行動党(People’s Action Party、通称PAP)に対するシンガポール国民の不満が表面化し、人民行動党の得票率が過去最低の60.1%にまで落ち込みました。

そのため、シンガポール政府は、「国民の声に耳を傾ける」政府への転換をアピールするようになり、その施策の中で中国語方言を容認する動きも生まれました。

2012 年~13 年に実施されたシンガポール政府の意見調査”Our Singapore

Conversation”では、英語、マレー語、中国語、タミル語の4公用語に加え、福建語、潮州語、広東語という3つの中国語方言でもシンガポール国民への意見聴取が実施されたのです。

これは、従来の4つの公用語のいずれによっても自由な意見表明ができない中国語方言話者に対し、シンガポール政府が言語的配慮を見せた画期的な動きでした。

また、シンガポール政府が高齢者の生活支援対策として実施している医療費補助制度”Pioneer Generation Package”では、4つの公用語に加え6つの中国語方言(福建語、潮州語、広東語、客家語、海南語、福州語)でもビデオ教材を作成し、制度の周知を行っています。

これは、2014年の制度開始時に公用語での説明だけでは、40%近くの高齢者が制度の内容を理解できなかったことから取られた処置です。

シンガポール政府はこれまでマンダリン以外の中国語方言を認めず、徹底して中国語方言の使用を抑制する言語政策を取ってきました。

しかし、シンガポールでも高齢化にまつわる社会課題が多くなる中で、中国語方言しか話すことのできない中華系シンガポール人に対し、彼らの母語である各方言の使用を解禁して行政支援を行うようになったことは、シンガポールの言語政策史上でも注目すべき転換点と言えるでしょう。

シングリッシュ矯正運動~スピーク・グッド・イングリッシュ

シンガポールでは英語が国の共通言語として使われていますが、シンガポール人が普段話すのは通称シングリッシュ(Singlish)と呼ばれる独特の英語です。

シングリッシュがシンガポールの文化的特徴として定着していることは「第2章シンガポール独自の言語シングリッシュ」で述べた通りですが、シンガポール政府は長らくシングリッシュを好ましくない言語として扱い、シングリッシュの排除に取り組んできました。

たとえば、テレビやラジオなどの公共放送機関では、中国語方言と同様にシングリッシュの使用も禁止されています。

シンガポールの歌手ディック・リーは、松任谷由実や宮沢和史などのアーティストとの共演・共作で日本でも知られた存在ですが、彼の曲もシングリッシュを含んでいるということで、シンガポールでは放送禁止となっていました。

ここではシンガポール政府によるシングリッシュ矯正活動、その名も「スピーク・グッド・イングリッシュ運動」(Speak Good English Movement)の変遷について詳しく見ていきます。

スピーク・グッド・イングリッシュ運動は1999年8月に行われた当時の首相、ゴー・トクチョン氏のスピーチから始まりました。

ゴー・トクチョン首相はナショナルデー(シンガポールの独立記念日)の祝賀スピーチで、「国民がシングリッシュを話す限り、シンガポールは世界的な経済大国になることも、世界進出することもできない」と述べたのです。

当時は上級相となっていた初代首相リー・クアンユー氏も、「シングリッシュはシンガポールの成長の妨げになるハンディキャップだ」と述べ、特にテレビ番組などメディアを通してシングリッシュが拡散されていることを批判しました。

ナショナルデーというのは、シンガポール国民が総出で国家の誕生日を祝う、一年に一度の大イベントです。

そのようなおめでたい席であえてシングリッシュへの批判を行うということは、当時のシンガポール政府にとって、シングリッシュの廃絶という言語政策がいかに重大なものだったかがわかります。

このスピーチを受けて、早速翌年の2000年4月からスピーク・グッド・イングリッシュ運動が始まりました。

主体となるメンバーには、教育省関係者や大学の英語教育学専門家、メディア関係者などが名を連ね、「シンガポール人が世界中で理解される(universally understood)文法的に正しい英語を話すこと」を目的とした活動が始まりました。

ここでの「良い英語Good English」とは、難しい英単語を使ったり、アメリカ英語の発音や表現を真似たりすることではありません。

しっかりと文法的に正しい完全な文章で話し、シングリッシュの特徴である語尾の「ラlah」や「マma」などを無くす、ということが求められました。

2000年から2004 年までは、シンガポール国民に「良い英語」を話す重要性について周知すると共に、小中学校での英語教育へのテコ入れが重点的に行われました。

まず小学校の教師と中学校の英語教師約8000人に、正しい文法の指導ができるよう60時間の講習を受けさせ、英語の授業内容も大幅に変更しました。

2005年以降のスピーク・グッド・イングリッシュ運動では、毎年異なるテーマと、特にターゲットとする国民のカテゴリ(接客業従事者、組織のマネジメント層、親、若年層など)が設定され、現在まで続いています。

たとえば「Rock Your World! Express Yourself」がテーマとされた2007年~2008年は、音楽や演劇などを通して「良い英語」での話し方を習得するワークショップなどが行われました。

また、2014年~2015年には英語の文法に焦点を当て、スピーク・グッド・イングリッシュ運動の公式ホームページ上に英文法に関するクイズを掲載したり、民間の英語教育企業の無料レッスンを提供したりするなどの活動が展開されました。

スピーク・グッド・イングリッシュ運動の公式サイトでは、これまでの活動内容などを見ることができます。

Speak Good English Movement

http://goodenglish.org.sg/

現在、スピーク・グッド・イングリッシュ運動が開始されて15年以上が経ちましたが、その成果はどうなったのでしょうか。

事実として、現在でもシンガポール人の多くがシングリッシュを話しています。

その一方で、ビジネスの場や外国人とのコミュニケーションでは、シングリッシュを抑え、標準的な英語で話すことのできるシンガポール人も多くいます。

シングリッシュ根絶というシンガポール政府の目的はまだ達成されていないように見えますが、スピーク・グッド・イングリッシュ運動を通して、シンガポール人はシングリッシュと標準英語を瞬時に使い分けるという新たな言語能力を身に着けたと言えそうです。

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旅行者向けシンガポールの言語事情

この章では、旅行でシンガポールを訪れる方向けに、シンガポールの言語事情についてご紹介します。

シンガポール旅行は英語で問題なし

多民族国家のシンガポールは英語・中国語・マレー語・タミル語という4つの言語を公用語として使用していますが、シンガポールを旅行する分には、英語だけでほぼ問題なく過ごすことができます。

シンガポールの街中で見かける標識なども、すべて英語表記が基準となっていて、場所によっては、それに中国語やマレー語などが併記される形となっています。

地下鉄の車内放送などは4か国語で同じ内容がアナウンスされるので、聞き比べてみるのもおもしろいです。

また、シンガポール人は子どもの頃から多民族多言語の環境で育っていることもあり、色々な訛りを聞き慣れているため、こちらの英語の発音が流暢でなくても聞き取ってくれることが多いです。

シンガポール旅行の際には、片言の単語だけでもいいので、積極的に英語を使って現地のシンガポール人と気軽に会話を楽しんでみてください。

シンガポールの地名は複数の言語が入り混じる

一方、シンガポールの地名は、多民族国家を象徴するように、複数の言語が入り混じるユニークなものになっています。

たとえば「~通り」をあらわす表記にも、英語由来の~Roadや~Street、 ~Avenueに加えて、マレー語で「道」という意味をあらわす「Jalan(ジャラン)」という言葉もよく使われています。

たとえばリトル・インディア(シンガポールのインド人街)の中央を走るJalan Besar(ジャラン・ベサール)は「Besar通り」という意味になります。

地図などでは「Jln」などと略して表記されることもあります。

同じリトル・インディアエリアでも、Serangoon RoadとJalan Besarなど、「~通り」を意味する単語が複数存在しているのが、とてもシンガポールらしいと言えるのではないでしょうか。

それぞれの言語に由来するシンガポールの主な地名をご紹介します。

英語由来のシンガポールの地名

通称シティと呼ばれるシンガポール中心地で多く見られるのが、英語由来の地名です。

これらの地名はシンガポールがイギリス領だった時代につけられたものが多く、言語としてはイギリス英語がベースとなっています。

Boat Quay:

有名なマーライオンの近く、川沿いにレストランが並ぶエリアです。

Quayは波止場や岸壁という意味で、~Quayという地名はシンガポールにもイギリスにも数多くあります。

少し発音に戸惑うかと思いますが、Quayは「キー」と言います。

シンガポール人風に発音すると、Boat Quayは「ボーッキー」となりますので、タクシーなどで行き先を告げる時には、そのように伝えてみてください。

Raffles Place:

高層ビルが立ち並ぶ、シンガポール随一のオフィス街です。

Raffles(ラッフルズ)はシンガポールで何か所にも使われている地名ですが、これは19世紀にシンガポールに上陸し、開港・植民地化を行ったイギリス人のトーマス・ラッフルズという人物に由来しています。

優雅なアフタヌーンティーが日本人に大人気の「ラッフルズホテル」も、彼の名前から付けられています。

City Hall:

「市役所」という意味の地名ですが、そもそもシンガポールには「市」という区分けが存在しないので、実際には市役所はありません。

このエリアには国会議事堂や最高裁判所などがあり、シンガポールの政治の中心地となっています。

Queenstown、Queensway:

少し中心部から西側に外れたところにある地名です。

直訳すると「女王の町」「女王の道」ですが、シンガポールに女王が存在したことはありません。

19世紀に大英帝国の繁栄を築いたヴィクトリア女王にちなみ、イギリス領時代につけられた地名だと考えられます。

その他にも、Orchard(オーチャード、果樹園の意味)やMarina Bay(マリーナ・ベイ)、Harbour Front(ハーバー・フロント、イギリス英語なので綴りはHarborではなくHarbourになります)など、英語に由来する地名はシンガポールのいたるところに存在しています。

中国語由来のシンガポールの地名

シンガポールで使われている中国語由来の地名は、現在公用語と定められているマンダリン(標準中国語)ではなく、中国語の方言を起源とするものが多くなります。

これは、元々中華系シンガポール人の多くが、福建や広州など中国の南東部出身だったことが理由です。

Ang Mo Kio(宏茂橋):

シンガポールの中心部からはやや北側に外れたローカルなエリアです。

Ang Mo Kioは福建語で「赤いトマト」または「白人の橋」を意味する言葉だそうです。

Choa Chu Kang(蔡暦港):

潮州語のKang Chu(川岸の主)という言葉が由来となっています。

マレーシアとの国境近くにあるChoa Chu Kang には、19世紀に中国大陸から多くの移民がやってきて、薬草や胡椒の栽培に取り組みました。

Kang Chuとは、その農場主のことを指す言葉だったようです。

また、チャイナタウンにあるEu Tong Sen Street(余東旋街)やベットタウンエリアのYishun(叉順)など、かつてシンガポールで成功をおさめた人物の名前に由来した地名も数多く残っています。

マレー語由来のシンガポールの地名

日本人にとって一番不思議な音に聞こえるのが、マレー語由来のシンガポールの地名かと思います。

聞きなれない音ばかりですが、発音はアルファベットをローマ字読みすれば大きく外れることはありません。

Bukit Merah(ブキッ・メラ):

マレー語でBukit は「丘」、Merahは「赤い」という意味になります。

Bukit~という地名はシンガポールのいたるところで見かけます。

Paya Lebar:

マレー語でPayaは「湿地」、Lebarは「広い」という意味になります。

Paya Lebar駅周辺のカトン地区は、シンガポール独特のプラナカン文化(マレー、中国、ヨーロッパの文化が融合したもの)が残るエリアになっています。

Jurong(ジュロン):

マレー語で「サメ」という意味です。

Jurongはシンガポール西部の中心エリアで、有名観光地のジュロン・バードパークに加え、東側のJurong Eastは伊勢丹などもあるショッピングエリアになっています。

シンガポールの地名には、中国語とマレー語など、複数の言語が混ざったものも存在しています。

たとえば、Tiong Bahru(チョンバル)はローカル色の強いエリアながら、おしゃれなカフェなどが点在する人気上昇中のエリアですが、Tiong は福建語で「墓」、Bahruはマレー語で「新しい」、合わせて「新しい墓」という意味になります。

その他の言語に由来するシンガポールの地名

おもしろいことに、シンガポールの地名には4つの公用語以外が由来となっているものも存在します。

たとえば地下鉄の乗り換えハブ駅となっているDhoby Ghaut(ドビー・ゴート)はヒンディー語で「洗う場所」という由来を持ちます。

イタリア語のBuona Vista(ブオナ・ビスタ、良い景色という意味)という駅や、ラテン語由来のNovena(ノベナ、キリスト教の9日間の祈りの行事)という駅も存在します。

シンガポール旅行の際には、ぜひ街中の地名にも注目してみてください。

地名から、シンガポールの多様な民族性や言語の歴史が見えてくると思います。

シンガポールのホーカー(屋台)では中国語オンリーのことも

基本的に英語のだけで問題ないシンガポール旅行ですが、地元の人しか利用しないようなホーカーでは、英語が上手く通じないこともあります。

ホーカーとは、屋根のある屋台街、フードコートのようなところで、自炊文化のあまりないシンガポールでは、一日三食すべてホーカーで食べるというシンガポール人も珍しくありません。

ホーカーに店を出している高齢の中華系シンガポール人の中には、英語があまり通じない人もいますが、突然英語以外の知らない言語(多くの場合、中国語の方言だと思われます)で注文を聞かれても焦らなくて大丈夫です。

貼りだされているメニューの写真を指差して、注文したい数を手で表せばオーダーはできます。

他に聞かれることは「ここで食べるか」「持ち帰りか」位なので、ホーカーで食べる場合は地面を指差すようなしぐさをすれば通じますし、持ち帰りの場合は「帯走Daizou(ダイゾー)」と言うか、持って帰るようなしぐさをすれば通じます。

せっかくなので、帰り際には元気よく「謝謝シエシエ」(ありがとう)もしくは「再见ザイジェン」(さようなら、またね)とお店の人に一声掛けてみてはいかがでしょうか。

シンガポール独特の英語、シングリッシュに挑戦

英語が共通言語となっているシンガポールですが、「第2章シンガポール独自の言語シングリッシュ」で詳しくご紹介した通り、シングリッシュというシンガポール独特の英語表現が数多く存在します。

せっかくシンガポールに旅行するなら、少しだけシングリッシュを使ってローカル気分を味わうのも楽しいのではないでしょうか。

ここでは旅行者でもすぐに真似しやすいシングリッシュの例として「語尾にラやマをつける」「Canを一語で使う」の二つをご紹介します。

まず「語尾にラやマをつける」ですが、「ラ」の場合特に大きな意味はなく、「~だよ」位のニュアンスで使われます。

シンガポール人同士の会話を聞いていると、必ずと言っていいほど語尾に「~ラ」をつけているのがわかります。

一方「マ」を語尾につけた場合、質問の意味になります。

シングリッシュでは、わざわざDo you~?などという疑問文を作らなくても、You go ma?(行きますか?)など、文末に「マ」をつけるだけで質問することができます。

次に「Canを一語で使う」ですが、通常の英語では「Can」という助動詞は主語や動詞などと一緒に使われて「~できる」という意味を表します。

しかしシングリッシュの場合、「Can」の一言で「できる」「OK」「大丈夫」というような忌を表現することができます。

第2章でもご紹介したCanだけを使った会話例をもう一度ご紹介します。

客:Discount, can ma?(安くできますか?)

店員:Can!(できますよ)

客:Can?(本当に?)

店員:Can, can!(もちろんできますよ)

ぜひ買い物をする時には、「Discount, can ma?(ディスカウント、キャンマ?)」と聞いて、価格交渉をしてみてください。

値下げが無理な場合は「Cannnot!(キャノッ)」と怒鳴るように言われるかもしれませんが、そんなに怒っているわけではないので、安心してください。

他にも、その場所で写真を撮っていいか聞きたい時には「Photo, can ma?(フォト、キャンマ?)」など、色々と応用することが可能です。

数日間のシンガポール旅行でも、シングリッシュを使うことで、シンガポールの地元の人々との距離が少し縮まった気分になれると思います。

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シンガポールの言語事情~4つの公用語とシングリッシュ まとめ

多民族多言語国家シンガポールの言語事情について、ここまでご紹介してきました。

シンガポールでは、英語、中国語、マレー語、タミル語という4つの言語が公用語として定められていて、その中でも英語が各民族の共通言語としての役割を果たしています。

また、英語に中国語やマレー語などが入り混じった「シングリッシュ」というシンガポール独自の英語も広く使われています。

シンガポールの建国から約50年が過ぎた今、シンガポールの言語環境は世界的に見ても、とてもユニークなものになっています。

まず、多くのシンガポール人が、自分の民族の言語と英語の二つを、ほぼバイリンガルのように使いこなしています。

シンガポール政府は長らく英語重視の言語政策を続けていて、公的な文書などはすべて英語のみに統一されているにも関わらず、シンガポールにはマンダリン(標準中国語)や中国語方言、マレー語などの言語も根強く残っています。

そして、ビジネスの場では通常の英語を、家族や友達との会話はシングリッシュや各民族の言葉で、というように、瞬時に言語の使い分けができるのも、シンガポール人の特徴です。

シンガポールを訪れる際には、ぜひ街中の看板や標識、シンガポール人が話している言語に注目してみてください。

多民族多文化がそのまま共存する国シンガポールの在り方が、言語を通して見えてくるはずです。

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