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シンガポールの宗教について

シンガポールという国は、面積も狭く規模の小さな国家です。

しかし、この国で行われる人的・物的な交流は世界でも類を見ないほどに活発で熱量のあるものです。

世界中からビジネス・観光などで人々が集うばかりではなく、シンガポールを母国とする人々だけを見ても、実に様々な人種が作り上げている国であることが一目瞭然です。

多様な人種が集うということは、多様な宗教が集まることを意味します。

イスラム教・キリスト教・仏教・ヒンドゥー教…

これらの宗教がこの小さなシンガポールでどのように平和を守って共存しているのでしょうか。

宗教の坩堝(るつぼ)であるシンガポールの姿に迫ります。

 

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Contents

1. シンガポールの宗教の特徴

はじめに、シンガポールの宗教の特徴について確認しましょう。

ここではどの宗教がどれくらいの割合を占めるのか、人種と宗教はどのように関係しているのかということについて、確認します。

 

1.1シンガポール各宗教の比率

各宗教の比率については、仏教・道教は44%、キリスト教18%、無宗教17%、イスラム教15%、ヒンドゥー教5.1%となっています

最も多いのは仏教徒で全体の約半数を占めています。

シンガポールの仏教信者は、中国をルーツとする華人がその多くを占めています。

しかし、シンガポール華人にとって宗教の別は重視されておらず、中国の宗教である仏教・道教を混同しているにもかかわらず、自分は仏教信者であると答える人も多いのが事実です。

仏教徒が多くはありますが、キリスト教徒、イスラム教徒の割合も決して少ないものではなく、それぞれ全体の約6分の1を占めていることが分かります。

ヒンドゥー教徒は約5%と数は小さいものの、街中ではインド系の人々やヒンドゥー教の寺院・祝祭などを見かける機会も多く、シンガポール国家においては非常に大きな存在です。

意外にも無宗教の人が多いことも特徴といえるでしょう。

 

1.2シンガポールの宗教と民族・人種の関係

国民の内訳については、75%が中国系、14%がマレー系、9%がインド系、3%がその他となっています。

各宗教の比率と民族・人種はどのように関係しているのでしょうか。

まずはシンガポールにおける宗教人口の大多数を占める仏教・道教について見てみましょう。

仏教・道教は中国系の人々に信仰されています。

彼らの信仰する仏教は大乗仏教、その中でも浄土教系が主流です。

しかし、シンガポールの仏教は道教的な要素と融合しているため、純粋な仏教徒とは言えない華僑シンガポール人が非常に多いのが現実です。

仏教と道教が混在している状態は、実際に目に見える形となって表れています。

たとえば、シンガポール内の中国寺院を訪れると、仏教のお寺の中に道教の女神である媽祖の像などが一諸に祀られている光景を良く目にします。

しかし、近年は道教徒・仏教徒の人口は減少傾向にあります。

実際のところ、シンガポールにおいて1980年に30%の宗教人口を占めていた道教は、2010年には11%にまで減少しました。

一方仏教人口は2000年に43%と過去最高の割合を記録したにもかかわらず、10年後の2010年には33%にまで落ち込みました。

キリスト教徒についても一番多くの人口を占めているのは中国系の人々となっており、シンガポール最大のシティハーベスト教会では、標準中国語が英語と並んで礼拝をおこなう際の共通語とされています。

仏教・道教とは反対に、華人のキリスト信者は増加傾向にあります。

1980年には10%でしたが、2010年には18%にまで増加しました。

このことから、華人の間で改宗の動きが活発化していることが明らかになります。

イスラム教徒やヒンドゥー教徒に多い、マレー系・インド系の信者が他の宗教に改宗する例は珍しいものです。

その一方で、なぜ華人に改宗を行う事例が多いのでしょうか。

その理由としては、華人は宗教の別をそれほど重要視していないことにあります。

実際に、華人は仏教と道教を厳密に区別することが無く、道教寺院・仏教寺院の両方に参拝を行う場合も頻繁に見受けられます。

さらに、キリスト教信者でなくとも、シンガポール国内のミッションスクールに通う華人は多いという事実も改宗の機会を増長している理由の一つとして考えられます。

ミッションスクールで、キリスト教的な倫理観を吸収することにより、キリスト教に親近感を持つ華人が多いと言う現実が背景にあるのです。

また、シンガポールは国外(フィリピンなど)からも多くの外国人キリスト教信者が働きに来ています。

したがって、シンガポール国内の教会を訪れると多種多様な人々が集まっていることに気付かざるを得ません。

このように多様で複雑なバックグラウンドを持つ人々が集まるため、シンガポールのキリスト教教会では多言語で礼拝が行われているのです。

カトリックとプロテスタントの比率は1:2となっており、プロテスタントの信者がキリスト教信者全体の3分の2を占めています。

イスラム教徒の大半はマレー系の人々で占められています。

イスラムの場合は、大半を占めるマレー人の他にはインド系ムスリム、そして非常に少数ではありますが、華人のムスリムも含まれます。

全体をまとめると、仏教・道教は主に華僑、イスラム教は主にマレー系、ヒンドゥー教は主にインドのタミル系に信仰されています。

全体的に見て、キリスト教は民族・人種を超えて広く信仰されていることが分かります。

 

1.3多民族国家シンガポールならではの宗教意識

シンガポールでは、異なる宗教・人種の祝祭も同じシンガポール人として祝う姿勢が見受けられます。

このような姿勢は、国民の自発的な行為のみならず、シンガポール政府による各宗教指導者への働きかけの成果でもあると考えられます。

シンガポールには他民族・異宗教が共存してゆくために定めた厳しい法律が存在します。

異民族・異宗教の人々に対する悪口は直接相手に向かって発せられる場合も、インターネット上の書き込まれる場合でも、法律によって固く禁じられています。

万が一、宗教や民族に対する悪口が見つかったり、喧嘩が起きたりした場合には、警察により厳しく取り締まられることになるのです。

さらに、多民族・多宗教が共生できるように、他民族が同じアパート・マンション、同じ地区に住むことも法律により禁じられています。

人々は互いに一線を引くことで、お互いの生活を守り、相手の信仰を尊重しているのです。

 

1.4シンガポールの宗教と周辺諸国(マレーシア・インドネシア・タイ・ベトナム)との比較

シンガポールは他国では例を見ないほど異なる宗教が混在しているのにもかかわらず、国教は定められていません。

したがって、各宗教の習慣を厳格に線引きするという姿勢はあまり見られず、習慣を異にする人々が共存しやすいよう、各宗教の宗教上の決まりごとも他の国の宗教よりは緩やかです。

たとえば、マレーシアにおいてはイスラム教が国教となっているため、スーパーマーケットでは豚肉売り場と酒売り場は別々の部屋に設置されていることが多くなっています。

しかし、シンガポールにおいてはハラールのコーナーが設けられている程度です。

さらに、モスク付近に豚肉を使用する店(バクテー)がある場合も見られ、厳格な宗教的線引きは行われていないことが分かります。

また、周辺国と宗教比率を比較してみると次のようになります。

まずは、同じマレー半島のマレーシアとマラッカ海峡を隔てた近隣国であるインドネシアと比較してみます。

マレーシアはイスラム教人口が一番多く61.3%、仏教徒が19.8%、キリスト教が9.2%、ヒンドゥー教が6.8%、儒教・道教が1.3%となっていることが分かります。

一方、インドネシアでは2010年度の推計によると、イスラーム教徒が87.2%、キリスト教が9.9%、ヒンドゥー教が1.7%、儒教・仏教が3.4%を占めています。

したがって、上記の2カ国と比較してみると、シンガポールは例外的に仏教徒が多く、逆にマレーシアやインドネシアで大半を占めるイスラーム教徒が少ないことが明らかになります。

やはりシンガポールはもともとこの地に住む現地人よりも、華人の割合が多いため、宗教比率も周辺国とは異なっているのです。

 

1.5シンガポールの雑多な宗教の融合

同じ空間に、数々の宗教が共存しているシンガポールにおいては、ある宗教が他の宗教の影響を受けることが珍しくありません。

まず、中国経由でもたらされた道教と仏教の融合について確認してみましょう。

シンガポールでは道教と仏教が融合していますが、これを信じる多くのシンガポール人は自分たちの信仰は仏教であり、自分は仏教徒だと認識している場合が多いです。

逆に、自分は道教徒であると主張する華人はかなり少数派です。

日常において、華人の多くがシンガポール内の仏教寺院・道教寺院に参拝します。

しかし、彼らは仏教寺院と道教寺院を厳密に区別することなく、参拝・祈祷を行ないます。

神の存在は認めるが、華人は改宗者多い 何を信じているかはあまり重要ではない

また、中国伝来の各宗教間のみならず、他にも様々な宗教が相互に影響し合っている光景を頻繁に目にします。

雑多な宗教の融合は主に宗教的な建築物に見ることができます。

例えば、道教寺院の造りがヒンドゥー教の要素を含んでいたり、仏教寺院にヒンドゥー教の影響が見られたりと、宗教の枠組みを超えて文化が構築されているのです。

ヒンドゥー教・イスラム教・キリスト教においては、華人の仏教徒(道教徒)ほど改宗する事例は見られません。

しかし、ヒンドゥー教徒が中国寺院の廟を訪ねて、病気治療の相談を行う場合も見られます。

また、配偶者が異なる宗教を信仰している場合には、改宗するケースも見られます。

このように多くの宗教が共存することで、かえってヒンドゥー教徒としてのアイデンティティが失われるのではないかと不安を感じる信者も多いようです。

特に若い世代のヒンドゥー教徒には、ヒンドゥー教徒としての意識が薄れている場合が多いことが指摘されています。

ただ、モスクの建築様式が西欧やギリシアの建築を取り入れているケースがあります。

ここから分かるように、シンガポールにおいては、多くの華人の信仰である道教・仏教が他の宗教と融合しやすい性質を持っていることが明らかです。

 

1.6シンガポール国家の宗教政策

シンガポールにおいては宗教間の調和が国の発展において最重要事項とされています。

そのことが窺えるものとして、国家の目指すべき価値観「Singapore’s Pledge(シンガポールの誓い)」が明文化されていることが挙げられます。

この「Singapore’s Pledge(シンガポールの誓い)」の草案は「The Pledge(誓約)」と呼ばれるものであり、S.Rajartnam氏によって考案されました。

彼はシンガポール独立の先駆者の一人としてシンガポールに貢献した人物であり、その功績はシンガポールにおいては今も讃えられています。

この「The Pledge(制約)」は、争いのもととなる言語・民族・宗教の違いを超えて、国民全体で目指す精神的な軸となるように作られたものでした。

そして1966年にはリー・クアンユー首相がこの文章を内閣に提出し、「Singapore’s pledge(シンガポールの誓い)」として正式に明文化されたのです。

内容は以下の通りです。

 

“Singapore’s Pledge”

 We, the citizens of Singapore

 Pledge ourselves as one united people

 Regardless of the race, language or religion

 To buid a democratic society

 Based on justice and equality

 So as to achieve happiness, prosperity & progress for our nation

 

「シンガポールの誓い」

我々、シンガポールの国民は

我が国の幸福、繁栄、発展を成し遂げるために

正義と平等に基付いて

人種、言語あるいは宗教に関係なく

一つの団結した国民として

民主的な社会を築くことを

我々自身に誓う

 

この「Singapore’s Pledge」はシンガポールの学校教育においては非常に重要視されています。

小学生・中学生にとっては毎日のように触れるものであり、朝礼や集会など全員が揃った環境の下で唱えられています。

また、小学校の教科書においては「Singapore’s Pledge」のもととなった「The Pledge(制約)」と多様な民族の調和、S.Rajaratnam氏の貢献が説かれていることから、シンガポールの教育においては幼い頃から民族調和について考えさせる機会が与えられているのです。

 

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2.シンガポールの各宗教と歴史

シンガポールを含む東南アジア地域は、大航海時代はもちろん、それ以前も東西をつなぐ海洋貿易の中継点として非常に重要な役割を果たしてきました。

貿易により行き交う商品や各地域の特産物のみならず、文化や思想も現在のシンガポール地域を経由して東西へと伝播しました。

その代表例の最たるものが宗教です。

宗教の坩堝とも呼べるシンガポールにおいて、各宗教はどのような歴史を経てきたのでしょうか。

なお、シンガポールの歴史に関しては「シンガポールの歴史」で詳しくお伝えしています。

 

2.1シンガポールの宗教の歴史:仏教

仏教は、大きく分けて大乗仏教と上座部仏教の2つに分かれます。

東南アジアにおいては、大陸部と島嶼部で伝播した仏教が異なり、前者では大乗仏教が、後者では小乗仏教が信仰されるようになりました。

東南アジアにおいて仏教が伝来した時期は、紀元前1世紀に遡ります。

インド・スリランカから、海のシルクロードを往来する商人を媒介として、仏教が伝播したのです。

仏教がより一層東南アジアに広まるきっかけとなったのが5世紀頃から始まった「インド化」と呼ばれる現象でした。

「インド化」とは南シナ海・ベンガル湾を結んだ海上交易ルートに沿い建設された国家が普遍的な原理を基にして王権を正当化するためにインドの文化を吸収した一連の現象にことを指します。

「インド化」が始まった初期においてはシュリーヴィジャヤと呼ばれる、スマトラ島の東部に栄えていた王国が注目に値します。

この王国は7世紀にマラッカ海峡における重要な交易拠点となるとともに、大乗仏教教学の中心地であったことが伝えられています。

このことを伝えたのは、中国からインドに向かっていた唐僧の義浄であり、彼はシュリーヴィジャヤ王国に立ち寄った際に、大乗仏教が栄えていたことを『大唐西域求法高僧伝』という書物を著して報告したのです。

義浄は671年に現在の中国・広州をペルシア船で出帆し、インドに向かう途中でシュリ-ヴィジャヤに立ち寄り、同地で6か月の月日を送りました。

シュリーヴィジャヤにおいては8世紀から13世紀にかけて大乗仏教が栄え、多くの寺院や仏像などの仏教美術が花開きました。

さらに、実際に8世紀には、現在のジャワで成立したシャイレーンドラ朝でボロブドゥールと呼ばれる仏教寺院も建設されました。

 

2.2シンガポールの宗教の歴史:イスラム教

シンガポールをはじめとした東南アジアにおいては、イスラム教の伝播の仕方に特徴があります。

その特徴とは、イスラム教が最初からそのまま信仰されたのではなく、土着の宗教・ヒンドゥー教・仏教など様々な宗教と混ざり合いながら伝播して行ったということです。

また、イスラム教は多数派のスンニ派と少数派のシーア派の2つの宗派がありますが、シンガポールをはじめとした東南アジア地域においては前者が伝来しました。

イスラム教自体ができたのは7世紀ですが、東南アジアへイスラム教が伝わり始めたのは10世紀の頃です。

しかし、7世紀から13世紀末に至るまでは、東南アジアにおいてイスラム教徒が居住していたということを示すものは発見されていません。

さらに、土着権力が本格的にイスラム教に改宗し始めたのは13世紀末に入ってからのことでした。

ちょうどこの時期に、東南アジアに強い影響力を持っていたインドではヒンドゥー教の王朝に取って代わってイスラム教を信仰する王朝がインド地域を支配するようになり、ムスリム商人が東南アジア地域へ進出するようになりました。

イスラム化したインドから訪れるムスリム商人が交易圏であるスマトラ島北部に頻繁に訪れるようになったことで、スマトラ島北部の権力者がイスラム教に接触するようになったのです。

このことが大きな要因となり、シンガポール地域においてもイスラム教が説教区的に受容されるようになったのです。

しかし、イスラム教がスマトラ島北部地域に広まった要因は、交易でこの地域に訪れたムスリム商人との接触だけではないと考えられています。

つまり、イスラム聖者の活動もまた、この地域におけるイスラム教定着の一因となっていたことが挙げられます。

実際に、メッカからの使節がセイロン島に面したインドの東海岸で、預言書ムハンマドの友人であったアブー・バクルの子孫と合流し、サムドゥラ・パサイに訪れ、そのまま同地に留まったということが、14世紀末のサムドラ・パサイ王国の歴史書『ヒカヤト・ラジャ・ラジャ・パサイ』に記されています。

この時期は、イスラム教世界においてイスラム神秘主義が非常に盛んになった時期であり、その影響でイスラム聖者の活動が活発化していたのです。

このようなイスラム世界の動きがサムドゥラ・パサイにイスラム聖者を送り出すこととなり、この地にイスラム教が定着するという現象が見られました。

東南アジア現地の権力者として最初にイスラム教に改宗したのは、13世紀末のサムドゥラ・パサイ(スマトラ島北部)です。

実際に1293年にスマトラ島北部に訪れたマルコ・ポーロは『東方見聞録』において、スマトラ島の住民がイスラム教の商人の影響により、イスラム教に改宗した例を見たことが記録されています。

この時期にサムドゥラ・パサイがイスラム教を受容した理由は2つ挙げられます。

1つ目は、辺境の地であるスマトラ島北部においては大乗仏教やヒンドゥー教などのインド伝来の宗教が受け入れられていなかったことで、2つ目は、スマトラ南部から北部のこの地へと移動してきたジャンビ・パレンバン出身の移民を統合し、新しい国家を創り上げるためにイスラム教が有効であったということです。

住民がイスラムを受け入れてゆく過程は「イスラム化」と呼ばれます。

このようにして、13世紀末からはスマトラ島北部地域においてイスラム教が根付き始めましたが、15世紀まではこの地域以外には広まりませんでした。

しかし、このような状態が変わる原因となる出来事が15世紀に入ってから起こりました。

15世紀初頭に、東南アジア交易のネットワークの中心に位置するマラッカ王国が建国され、イスラムを受容するようになったのです。

マラッカ王国がイスラム教を受容・吸収することで、その教えは東南アジア島嶼部に爆発的に広まりました。

15世紀の初めにはマラッカ王国が建国され、国際貿易港として栄華を極めていました。マラッカ王国はまさに現在のシンガポールが含まれている王国です。

このマラッカ王国が東南アジアで最初に大々的にイスラムを受け入れた王国であったのです。馬歓は『』という書物を書き記していますが、彼はこの中で1414年には既にイスラム信仰が普及していたことを記しています。

しかし、イスラム教の信仰者は当初国王以下の階級に属する人々に限ったものでありました。

というのも、マラッカ王国の建国者であるパラメスワラは名前をイスラム風のものに変えていないため、彼がイスラム教の信仰者であるかどうかは不明であるからです。

しかし彼の息子の名はムガト・イスカンダル・シャーというイスラム風の名を持っていることから、息子の代からは王家にもイスラム信仰が浸透していたことが明らかです。

ムガト・イスカンダル・シャーがイスラム教に改宗した要因としては、パサイの国王に勧められたことが考えられています。

(サムドラ=パサイからイスラム指導者により、イスラムやその他の文化がマラッカに伝えられた)

なぜマラッカ王国はイスラム教を積極的に取り入れたのでしょうか。

その理由は、マラッカ王国を取り囲む周辺国家との関係にあります。

当時東南アジア地域にはヒンドゥー教国家であるマジャパヒト王国や仏教国家であったシャム王国が存在していました。

マジャパヒト王国はこのような国々に対抗するべく、イスラム教を取り入れたのです。

マジャパヒト王国が1527年に滅亡した後にはマタラム王国に取って変わられましたが、この王国もイスラム教を信仰していた国でありました。

イスカンダル・シャーがマラッカ王国で最初にイスラム教に改宗した王として知られていますが、実際にマラッカのスルタン(※)としてイスラム教を信仰したのは1445年にマラッカ国王として即位したムザッファル・シャーです。

※スルタン スルタンとはイスラム教の国の国王を意味します。 

マラッカは1511年には、香辛料貿易を独占しようと試みていたポルトガルに占領されました。

そして、このポルトガルによる占領が、さらにイスラム教の拡散を促すことになりました。

マラッカ王国の王家はジョホール(現在のマレーシアの半島最南端部、シンガポールと接する地域)に移動したため、ムスリム商人の交易拠点も東南アジア島嶼部各地に散りました。

その後の15世紀から17世紀にかけては、東南アジアにおいてはイスラム化の時代と上座部仏教化の時代が一部重なっていた時期でありました。

 

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2.3シンガポールの宗教の歴史:ヒンドゥー教

ヒンドゥー教は7世紀頃、シュリーヴィジャヤ王国の時代に貿易を始めとした外部との接触・交流により、シンガポールに伝わったといわれています。イギリス植民地時代である1800年代には、南インドから多くの労働者、そしてその家族が移住してきたためにヒンドゥー教徒の人口が増加し、1931年にはシンガポールの人口の5.5%ほどを占めるようになりました。

シンガポールにヒンドゥー教がもたらされたのは、スマトラにシュリーヴィジャヤ王国が栄えていた時代でした。当時シンガポールはテセマクと呼ばれていました。

東南アジアは元来、中国文化の影響が強い地域でしたが、紀元前1世紀頃から東南アジアの「インド化」が進むようになりました。

つまり、ヒンドゥー教の信仰・サンスクリット語の使用・インド地域で適用される枠組みでの政治・インドの法律の適用など、インドの規範に基付いた国作りが行われるようになったのです。

この時期に東アジアが「インド化」するようになった理由としては、紀元前1世紀末に現在のインドでサータヴァーハナ朝が成立し、ローマ帝国との貿易で取引するための品々を東南アジアに求めるようになったことが挙げられます。

このサータヴァーハナ朝では、主にヒンドゥー教の神であるヴィシュヌ神・シヴァ神が信仰されていましたが、その一方で王家は仏教も手厚く庇護していました。

そして、インド地域から商人は、マレー半島に点在していた首長国へと進出し、新たな交易の場を開拓するようになりました。

インドからの商人がマレー半島で交易を開始した当初は、ある一定の期間が過ぎると故郷へと戻って行く者が大半でありましたが、時が経つにつれ、マレー半島の地に留まる者が増えて行きました。

このように、マレー半島の地に留まるようになったインド地域出身の商人らは、自分たちの居留地を形成するようになったのです。

さらに、マレー半島に住みつくようになったインドの商人と現地の女性が婚姻関係を結ぶようになると、インド地域の儀礼や技術がマレー半島の人々に伝えられるようになり、文化の伝播が成されました。

しかし、この時期にはまだ、インド出身者が持ち込んだヒンドゥー教信仰が現地人に広まることはありませんでした。

より一層東南アジアのインド化が進むようになったのは4世紀末から5世紀初めのことです。

この時期にはインド地域にグプタ朝が成立し、豊かなインド文化が栄えることとなりました。

グプタ朝では、5世紀に大乗仏教の大学であるナーランダー僧院が建立されただけでなく、ヒンドゥー教の原型が完成しました。

「ラーマ―ヤナ」や「マハーバーラタ」といったヒンドゥー教の叙事詩が現在の形に大成されたのもグプタ朝の時代です。

このグプタ朝時代には、司祭階級であったバラモンの地位が確立された時代でもあり、彼らが東南アジアに渡り、グプタ朝の文化と広めるようになりました。

つまり、バラモンの渡来によりヒンドゥー文化が東南アジアに普及するようになったのです。

バラモンはインド-中国間を結ぶ貿易ルートの中継地であったマレー半島の港市国家に留まり、現地の女性と婚姻関係を結びました。

実際に、寺院が数か所に建っていたということが文献により伝えられており、ヒンドゥー教がマレー半島で現地の人々の間で信仰されていたことが窺えます。

このヒンドゥー文化の普及によって、東南アジアにおいては中国文化の影響はしだいに弱まって行きました。

東南アジアにおいて、ヒンドゥー教は多くの場合イスラム教に取って代わられてしましました。

その主な要因としては、ヒンドゥー教はそもそも多くの階層に受け入れられていたのではなく、一部の階層のみに普及した宗教であったためだということが考えられます。

参考文献:石澤良昭・生田滋『東南アジアの伝統と発展』中央公論社世界の歴史13

 

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2.4シンガポールの宗教の歴史:キリスト教

シンガポールにおいてキリスト教が本格的に広まり始めたのは、現在のシンガポールが英国植民地支配下に置かれるようになった頃のことです。

 

2.5シンガポールの宗教の歴史:道教

シンガポールで見られる道教は、老子をその始祖とした中国本来の道教哲学とはかなりの程度離れたものです。

道教は中国からやってきた華人により、シンガポールに定着し、シンガポールの社会政策の中で、道教系寺廟は様々な立場に置かれてきました。

1960年代から1970年代にかけては道教寺廟の信仰は邪教的であると否定されたために、都市開発の際に取り壊しが行なわれた。

しかし、このような政策はシンガポール華人の不満を引き起こしたため、1980年代からは、取り壊し政策が緩和され、道教寺院の再建・合併が推進されるようになりました。

 

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3.シンガポールの宗教と服装

シンガポールは様々なバックグランドを持った人々が集まる国であるため、街を歩けば服装も宗教によって多様であることが分かるでしょう。

街中を見ていて面白いのは、人種ごとに着用している服が異なるという点です。

これらの服装は宗教に基付いたものが多く、主教が人々の日常生活を包み込んでいるという印象を受けます。

ここでは、シンガポールの街中で見かける各宗教の服装についてご紹介します。

 

3.1シンガポールの街中で頻繁に見かける服装

シンガポールで目にする服は実に色とりどりです。

その中でも一際人目を引くのはインド系の人々が身に付けている色彩豊かな服です。

シンガポールにおいてインド系の人々は人口全体の9%を占め、中国系・マレー系の人々と比べればかなり少数ですが、通りで目立つ服装がインド系の人々の服であるということは非常に興味深いものです。

 

3.2シンガポールの宗教と服装:イスラム教徒

シンガポールのイスラム教徒の男性は外見的に特徴のあるものはありません。

しかし、モスクに入る時には、頭の頂点を隠すために「ハッジ」という白い帽子を被ります。

一方、女性は手と顔以外の部分を布で覆い、髪の毛を隠すための「ヒジャブ」というベールを被っています。

シンガポールのイスラム教徒の女性は、中東諸国の黒い服装とは異なり、色とりどりのファッションを身に付けています。

カラフルな長袖Tシャツと細身のパンツを穿き、服に合わせたヒジャブで髪を覆うスタイルが主流です。

中には色彩豊かなチュニック、あるいはロングワンピースを着た女性も見られます。

シンガポールにおいては、ヒジャブの巻き方も多種多様で、ブローチを使って肩で留めたり、ヒジャブを数枚使って組み合わせたり、宗教的な規則をファッションの楽しみとして取り入れている様子が窺えます。

このようなヒジャブを扱う店は、アラブ・ストリート周辺に多く集まっています。

 

3.3シンガポールのイスラム教寺院を訪れる際の服装

観光として、イスラム教信者でない人がイスラム寺院を見学する際に、まず注意しなければならないのが服装です。

特に女性は自分の服装に注意する必要があります。

というのも、イスラム教の聖典「クルアーン」においては、女性は外出する際、顔・手以外の部分を露出しないことが定められているためです。

したがって、たとえ信者でなくとも、神聖な場であるモスクを見学する際には肌の露出を控えた服を着用することが求められるのです。

モスクで禁じられている服装は、ショートパンツ・ノースリーブなどです。

たいていの場合、イスラム教信者以外の観光客のために、モスクの入り口では肌の露出を防ぐことができるようにスカーフやコートが貸し出されています。

女性は髪の毛も露出させてはいけないので、スカーフで髪を覆うように包みましょう。

また、自分で大判のショールなど上から羽織るものがあると便利です。

モスク内はどこでも土足厳禁なので見学の際には、入り口で靴を脱いでから堂内へと入場します。

 

3.4シンガポールの宗教と服装:ヒンドゥー教徒

シンガポールのインド系女性が身に付けているドレスは「パンジャビ・ドレス」という民族衣装です。

この「パンジャビ・ドレス」は元来インドのパンジャーブ州で未婚の女性に使用されてきた服です。

しかし、現在では未婚女性のみならず、様々な世代の女性が身に纏う民族服となっています。

「パンジャビ・ドレス」はカミーズと呼ばれるトップス、サルワールと呼ばれるパンツ、ドゥバタと呼ばれるショールから成り立っています。

「パンジャビ・ドレス」はその着やすさから若者を中心に人気を集めています。

 

なお、シンガポールの服装に関しては「シンガポールの服装について」で詳しくお伝えしています。

 

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4.シンガポールの主な宗教的建築物・寺院

シンガポールの街中を歩くと実に宗教色豊かな建築物を身近に見かけます。

シンガポールの街並みの中には決して単一同種の建物はありません。

街の風景を見ているだけで、シンガポールという国家の複雑さが感じ取れるのです。

また、それぞれの宗教施設の建築様式を見ると、他の宗教の影響を受けている場合がありことにも気付かされます。

それでは、それぞれの宗教がシンガポールにおいて作り出した建築物について見て行きます。

 

4.1シンガポールの宗教的建築物:仏教寺院

シンガポールにおいては、華人が人口の多くを占めるため、仏教徒が最も多くの宗教人口を誇ります。

そのため、仏教寺院もシンガポール国内の各地に数多く点在しています。

シンガポールの仏教寺院は、純粋な仏教だけでなく、道教やヒンドゥー教など、他の主教の要素も含まれている点が特徴的です。

このような特徴から、シンガポールの各宗教間では大きな影響を与え合っていることが明らかになります。

 

観音寺(Kwan Yin Tang)

ブギスにはシンガポール内では最古の有名な観音堂というお寺があります。

この観音堂では日本の寺とは全く異なった参拝方法が行われています。

入り口付近の線香を3本手に取り、火をつけて頭の方へ持ち上げる。このような参拝方法を当地式と呼びます。

そして本殿に向かって3回お辞儀し、その後線香を専用の場所へ挿して本殿の中に上がり、靴を脱いで祈ります。

お祈りが終わると、おみくじと三日月型の赤い木片を二つ貸してもらいます。おみくじは、長い箸のようなものがたくさん入っていて、1本出るまで降り続けます。

一本出たら、赤い木片を手に取り、それを二つ同時に投げ、表と裏が出れば完了です。

しかし、二本とも表、あるいは裏が出た場合は再度おみくじを引き直す必要があります。

表と裏が出た時には、その番号のおみくじをカウンターまで持っていき、その番号と一致するおみくじと交換してもらいます。

旧正月や他の行事の際には献花用の蓮を売る出店などが参道を埋め尽くし、辺りは多くの人々がひしめきあいます。

ちなみに、この観音寺のほんの数件先にはヒンドゥー教の寺院であるスリ・クリシュナン寺院があります。

住所 178 Waterloo Street

電話 6337 9227

営業時間 6:00-18:15 毎月1日と15日 5:00-18:45 祝日 4:00-18:45

アクセス MRTブギス駅から徒歩約7分

 

佛牙寺龍華院(The Buddha Tooth Relic Temple and Museum)

佛牙寺龍華院は2005年に正式に開所された新しい仏教寺院です。

仏教博物館も併設されており、寺院も博物館も無料で見学することができます。

「佛牙」とは「仏の歯」を意味し、この言葉の通り、佛牙寺龍華院はミャンマーで発見された仏陀の歯を納めるために建てられました。

この寺院は唐の時代の建築様式が用いられています。

寺院の構造は屋上付きの4階建てで、1階が本堂、2階が土産物屋、3回が仏教博物館、4階には仏陀の歯が納めてあるホールがあります。

佛牙寺龍華院の地下ではベジタリアン精進料理を食べることが出来ます。寄付を歓迎しているのですが、強制ではありません。

住所 288 South Bridge Road

電話 6220 0220 

営業時間 7:00-19:00

アクセス MRTチャイナタウン駅から徒歩約7分

ホームページ http://www.btrts.org.sg/

 

光明山普覚禅寺(Kong Meng San Phor Kark See Monastery)

光明山普覚禅寺は中心地から離れた場所にある、シンガポール最大規模の仏教寺院です。

「光明山」とは観音菩薩のお住まいになる「補陀落(ふだらく)」を意味し、「普覚禅」は悟りを開くことを目的とした僧院のことを示しています。

中国の大乗仏教の寺院であり、建築様式は中国仏教の様式となっています。

しかし、中国的な要素ばかりでなく、ミャンマー様式のパゴダが寺院の中庭に建てられている点も特徴的です。

そもそもこの寺院はゴム農園の中に1921年に建てられたものでした。

当初は中国出身であるズァン・ダオにより布教を目的とした寺子屋かつ僧侶のための簡易宿泊施設として建設されたものでした。

したがって、現在でも寺子屋の精神に倣い、仏法書が無料配布され、法話などのイベントが定期的に開催されるなど、地域に根差した活動を展開している寺院でもあります。

住所 88 Bright Hill Road

電話 6849 5300

営業時間 9:00-16:30

アクセス MRTメリーマウント駅からタクシーで約4分

ホームページ https://www.kmspks.org/

 

シャカムニ・ブッダガヤ寺院/千燈寺院(Sakya Muni Buddha Gaya Temple)

シャカムニ・ブッダガヤ寺院は別名千燈寺院としても知られている寺院です。

この寺院は、上座部仏教寺院であり、1927年にタイ出身の僧ブティーサーサラによって建立されました。

タイ仏教と中国仏教の融合した寺院です。

寺院内には15m重さ300トンの色彩豊かな大仏が安置されており、この大仏は1080個の法灯に周囲を取り囲まれています。

このため。シャカムニ・ブッダガヤ寺院は千燈寺院という名で呼ばれているのです。

この寺院の大仏は座っており、このような姿勢は通常仏陀が瞑想している状態を表しています。

一方では、横になっている仏陀の小さな仏像もあり、こちらの姿勢は仏陀の入滅を表すものです。

住所 366 Race Course Rd

電話 6294 0714

営業時間 8:00-16:45

アクセス MRTファラーパーク駅から徒歩約5分

 

4.2シンガポールの宗教的建築物:イスラム教寺院(モスク)

シンガポールには多くのイスラム教寺院(モスク)が点在しています。

これらのイスラム寺院の中でも、西洋人が建築したものや、西欧的な造りを持ったモスクが見られることから、東西の文化の融合も成されていることが窺い知れます。

寺院内を見学することは可能ですが、ミニスカート、体の線が浮き出た服、透ける服などはイスラーム教では禁じられているので注意が必要です。

 

サルタンモスク(Sultan Mosque)

MRTブギス駅から徒歩10分、アラブストリートの中心に「サルタンモスク」というイスラーム教寺院が位置しています。

このギブス・アラブストリートはシンガポールのイスラーム文化の本拠地となっています。

サルタンモスクはシンガポール最大・最古のイスラム教寺院であり、美しく光り輝く黄金のモスクは壮観で息を飲むほど圧倒されます。

アラブストリートのシンボルとなっており、金曜日の午後には礼拝も行われています。

観光客もモスクの中を見学できますが、露出度の高い服装を着ていると、入り口で備え付けのガウンを着るよう求められます。

日本語での説明も多いので、日本人にとっては見学しやすいモスクです。

住所 3 Muscat Street

電話 6293 4405

営業時間 土~木 10:00-12:00、14:00-16:00 金 14:30-16:00

アクセス MRTブギス駅から徒歩約10分

ホームページ http://sultanmosque.sg/

 

アル・アブラー・モスク(Masjid Al-Abrar)

アル・アブラ―・モスクはシンガポールの重要記念建建築物となっています。

1827年に建立されましたが、当時は「小さなモスク」という名で呼ばれていました。

というのも、当初は塔に草葺き屋根が載っているような簡素な造りであったためです。

しかし、1850年には再建され、今ではレンガ造りのモスクとして存在しています。

住所 192 Telok Ayer St

電話 6220 6306

アクセス MRTテロックアヤ駅から徒歩約3分

ホームページ http://www.muis.gov.sg/mosque/mosque-directory/mosque-al-abrar.html

 

ジャマエ・モスク(Masjid Jamae)

アル・アブラー・モスクの「小さなモスク」に対し、ジャマエ・モスクは「大きなモスク」と言う意味を持ちます。

こちらのモスクはシンガポール国内で最も古いモスクの一つに数えられ、1826年に南インドから訪れたイスラーム教徒により建立されました。

新古典主義的な要素を持った建物は、グリーンの壁が印象的です。

イギリス人のサー・ショージ・コールマンによって設計されました。

住所 218 South Bridge Road

電話 6221 4165

営業時間 土~木 10:00-18:00 金 10:00-12:15、14:30-18:00

アクセス MRTチャイナタウン駅から徒歩約5分

ホームページ http://www.masjidjamaechulia.sg/

 

ナゴール・ダルガー寺院(Nagore Durgha Shrine)

ナゴール・タルガー寺院は1828年から1830年にかけて建てられた寺院で、南インドのイスラーム教徒に手で建築されました。

東洋建築と西洋建築が融合した独特な特徴を持った寺院で、東洋の要素としては標準的なイスラーム寺院の外観、西洋の要素としてはギリシア最古のドリス様式の円柱・2対のやぐらが挙げられます。

住所 140 Telok Ayer St

電話 6256 8188

営業時間 9:00-17:00 土 9:00-12:30 

定休日 日曜

アクセス MRTテロックアヤ駅から徒歩約2分

 

ハジャー・ファティマ・モスク(Masjid Hajjah Fatimah)

ハジャー・ファティマモスクは1846年にイギリスの建築家であるジョン・ターンブル・トムソンの考案した設計をもとに完成させたモスクです。

このモスクは建築様式が非常に独特であり、中国・ヨーロッパ・ムーア建築の様式が取り入れられた、いわゆる折衷様式の建築物なのです。

1973年にはナショナルモニュメントに指定されています。

ハジャー・ファーティマモスクで最も興味深い建築部分は四層の白いミナレット(塔)です。

このミナレットは教会の尖塔に酷似しており、しばしば現在のセント・アンドリュース・大聖堂を遡った初代セント・アンドリュース教会と比べられていました。

非常に塔の形はイスラーム世界において一般的な八角形で、西洋で見られるドーリア式柱頭が2階・3階の部分に並んでいます。

また、窓や槍形の戸口、柱間にもヨーロッパ建築が取り入れられていることが分かります。

マレー・ムスリムでは伝統的な木彫りの家屋のような清めの場、そして中国製の陶器で作られた瓦はミナレットをはじめとして窓や木造部の笠木の部分に使用されています。

ハジャ―・ファーティマモスクは砂質の土砂の上に建てられているために、ミナレットがドームの方向へ6度傾いており、観光客からは「ピサの斜塔」と呼ばれ親しまれています。

このモスクの名前の由来はシンガポールのマラッカの貴族であり、当時事業が好調であったハジャー・ファティマが由来となっています。

ファーティマとはイスラム圏の国では女性の名前であり、ハジャ―・ファーティマは女性の実業家であったのです。モスクの裏には今も彼女の霊廟があります。

女性の名がモスクに使用されることは少ないという点でもこのモスクが一風変わっていることが窺えます。

このモスクを建築する際、彼女が土地を寄進したために、モスクの名がハジャ―・ファティマモスクと名付けられたのです。

彼女はブギス族の王子でありシンガポールを拠点に貿易を営んでいた大商人・ブギス・サルタンと結婚しましたが、夫が若くしてこの世を去ったために自ら夫の事業を引き受け、成功した女性でした。

もともと、現在のハジャ―・ファーティマモスクが建っている敷地には彼女とその家族の家が建っていましたが、2回強盗に襲われて放火の被害にも遭いました。

しかし、それでもなお自分の身は安全だったことについて、イスラムの唯一神アラーへの感謝の気持ちを込めてこのモスクを寄進したといいます。

また、モスクの隣にハジャー・ファーティマとその家族の家も新しく建てられましたが、その家は今ではイスラーム教の導師であるイマームの住まう場所として残っています。

住所 4001 Beach Rd

電話 6297 2774

営業時間 9:00-21:00

アクセス MRTラベンダー駅から徒歩約12分

 

アングリア・モスク(Angullia Mosque)

アングリア・モスクは1890年から1898年の間にインドのムンバイ出身であるモハメド・サレ・ユソツ・アングリアにより建立された、インド系回教徒のモスクです。

シンガポールの北インド社会において重要人物であったモハメド・サレ・ユソツ・アングリアは、商人として繁栄した人物であます。彼は多様な商品やスパイスを中心とした商売をさらに拡大するために、1850年にシンガポールへ移住しました。アングリア家は1904年に彼が亡くなった後もモスクの管理を担当しています。

住所 265 Serangoon Road

電話 6295 1478

営業時間 5:00-8:00 12:00-22:00

アクセス MRTリトルインディア駅から徒歩約11分

ホームページ http://www.angulliamosque.com.sg/

 

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4.3シンガポールの宗教的建築物:ヒンドゥー教寺院

シンガポールにおいて、ヒンドゥー教の占める割合は、イスラム教やキリスト教、仏教と比較すると少ないことが明らかです。

しかし、ヒンドゥー教の存在は圧倒的なものであり、実際にリトル・インディアと呼ばれる地区には数多くのヒンズー教の寺院が点在しています。

それぞれのヒンドゥー教寺院の特徴とは一体どのようなものなのでしょうか。

 

スリ・マリアマン寺院(Sri Mariamman Temple)

スリ・マリアマン寺院はチャイナタウンの中心に位置しており、1827年に建立されたシンガポール最古のヒンドゥー教寺院です。

夜は幻想的なライトアップが行われます。

病気を治癒する女神マリアマンが祀られており、ドラヴィダ様式で極彩色の輝きを放つ寺院は荘厳な雰囲気を漂わせています。

現在はチャイナタウンに位置していますが、それは19世紀ごろまでこの付近に多くのインド人が住んでいた証拠を示すものでもあります。

住所 244 South Bridge Road

電話 6223 4064

営業時間 5:30-12:00 18:00-21:00

アクセス MRTチャイナタウン駅から徒歩約5分

ホームページ http://www.smt.org.sg/

 

スリ・スリニヴァサ・ペルマル寺院(Sri Srinivasa Perumal Temple)

スリ・スリニヴァサ・ペルマル寺院はリトル・インディアに位置する1855年建立されたヒンドゥー寺院です。

この寺院では繁栄神であるヴィシュヌが祀られています。

1978年には国の重要記念建築物に指定され、高さ18m、9層のゴープラム(石造の楼門)には、ヴィシュヌ神の10の化身やシヴァ神、聖牛ナンディをはじめとした神像が彫られ、見る者を圧倒します。

また、この寺院には例年1月から2月に開催されるタイプーサムの出発地点としても知られています。

寺院内は土足厳禁で、入口で靴を脱ぐよう求められます。服装も露出を避けるようにしましょう。

住所 397 Serangoon Road

電話 6298 5771

営業時間 5:45-12:00 17:00-21:00

アクセス MRTファラーパーク駅から徒歩約3分

 

スリ・バダパティラ・カリアマン寺院(Sri Vadapathira Kaliamman Temple)

スリ・バダパティラ・カリアマン寺院は1870年代頃に建立され、守護神カーリーを祀った寺院です。

普段観光客はほとんど訪れることのない場所ですが、入場は可能となっています。

住所 555 Serangoon Road

電話 6298 5053

営業時間 7:30-21:30

アクセス MRTファラーパーク駅から徒歩約5分

 

スリ・ヴィラマカリアマン寺院(Sri Veeramakaliamman Temple)

スリ・ヴィラマカリアマン寺院はリトルインディアのメインロード、セラグーンロード沿いに位置する寺院です。

この寺院は、殺戮と破壊の象徴であり、悪鬼を滅ぼすことで人々の信仰を集めている女神カーリーが祀られています。

住所 141 Serangoon Road

電話 6293 4634

営業時間 5:30-12:15 16:00-21:00

アクセス MRTリトルインディア駅から徒歩約5分

ホームページ http://www.sriveeramakaliamman.com/index.php

 

ヒンドゥー・センター(Hindu Centre)

ヒンドゥーセンターはシンガポールのヒンドゥー教徒によるNGO団体が運営するカルチャーセンター。

ヒンドゥー教の教えを講義するヒンドゥー教の基礎クラスが開講されています。

また、ヒンドゥー教についてだけでなく、サンスクリット語、ヴェーダ占星術、ヴェーダ・ヨガについてなども勉強する機会を提供しています。

講義で使用される言語は英語です。世界中の人々、そして日本人の受講生も歓迎している施設です。

住所 132 Owen Road

電話 6291 8540

アクセス MRTリトルインディア駅から徒歩約14分

ホームページ http://www.hinducentre.org.sg/index.htm

 

4.4シンガポールの宗教的建築物:キリスト教寺院(教会)

シンガポールのキリスト教は、英国植民統治が開始された頃に普及し始めました。

シンガポールにおいては、仏教・ヒンドゥー教・イスラーム教などの他の主要宗教と比べると一番新しく入ってきた宗教でありますが、国内の宗教比率を見てみるとイスラーム教・ヒンドゥー教をおさえて、仏教・道教に次ぐ割合を占めているのです。

 

シティハーベストチャーチ(City Harvest Church)

シンガポール最大の教会はシティハーベストチャーチ(City Harvest Church)で、2万人を超える会員を持つアジア最大級の教会となっています。

クリスマスには英語と標準中国語にてクリスマス礼拝が行われます。

住所 1 Jurong West Street 91

電話 6737 6266

アクセス MRTパイオニア駅から徒歩約11分

ホームページ https://www.chc.org.sg/

 

セント・アンドリュース大聖堂(StAndrew’s Cathedral)

イギリス国教会派のセント・アンドリュース大聖堂(St Andrew’s Cathedral)はシティホール(City Hall)に位置しています。

この教会はラッフルズ卿により設立が決定され、シンガポールがイギリスの影響力のもとにあった1863年に建立されました。

セント・アンドリュース大聖堂においても、多言語による礼拝が行われており、英語・標準中国語・広東語・タガログ語・インドネシア語・ミャンマー語を使用する礼拝が行われています。

住所 11 St Andrew’s Road

電話 6337 6104

営業時間 月~土 7:00-18:00

アクセス MRTシティホール駅から徒歩約2分

ホームページ http://cathedral.org.sg/

 

セント・グレゴリウス・アルメニアン教会(Armenian Church of St. Gregory the Illuminator)

アルメニアン教会はコロニアル様式の建築家であったジョージ・コールマンにより1835年に建立されたシンガポール最古の教会です。

白く優雅な外観と八角形の構造がこの教会のチャームポイント。

アルメニア・エチミアジンに建てられているセント・グレゴリウス教会がモデルとなっているため、セント・グレゴリウス・アルメニアン教会という名を持っています。

この教会はアルメニア人としては初のカトリック啓蒙家である聖グレゴリーに捧げられたものです。

教会内の敷地には、美しい庭園があり著名なアルメニア人の墓石があります。

住所 60 Hill St

電話 6334 0141

営業時間 9:00-18:00

アクセス MRTシティホール駅から徒歩約6分

ホームページ https://armeniansinasia.org/

 

グッド・シェパード大聖堂(Cathedral of the Good Shepherd)

グッド・シェパード大聖堂はアルメニアン教会のすぐそばに位置している教会です。

1847年に献堂されました。

この大聖堂には、アジアでフランス人宣教師として布教活動を精力的に展開した聖人、ローラン=マリー=ジョセフ・アンベールの遺物が収められています。

この大聖堂は2台のオルガン、20世紀初頭に建築された司教と牧師の住居を所有しています。

住所 A Queen St

電話 6337 2036

営業時間 月~金 9:30-17:30 土 8:30-20:30 日 7:00-19:30

アクセス MRTシティホール駅から徒歩約7分

ホームページ https://cathedral.catholic.sg/

 

チャイムス(Chijmes)

現在のチャイムスは、レストランやバー、ショップが入っている複合施設ですが、もともとは1854年に4人のフランスの尼僧が建てた修道院です。

「幼きイエスの会」と呼ばれていた修道院で、アーチ型の天井・ステンドグラス・石膏彫刻は今でもそのまま残されています。

住所 30 Victoria Street

電話 6337 7810

営業時間 月~金 8:00-3:00 土・日 8:30-4:00

アクセス MRTシティホール駅から徒歩約4分

ホームページ http://chijmes.com.sg/

 

セント・ジョセフ教会(St Joseph’s Church)

イスラーム教徒が集うブギス地区所在し、グッドシェパード大聖堂の近くに佇むセント・ジョセフ教会はシンガポール最初のカトリック教会です。

シンガポール国家の文化財に指定されている教会でもあります。

この教会の前身は、サン・ジョセ教会と呼ばれていた教会で、1853年に建設されました。

サン・ジョセ教会は、ポルトガルの神父であったフランシスコ・ダ・シルバ・ピント・マイア・オブ・ポート神父と関わりの深い教会でした。

フランシスコ・ダ・シルバ・ピント・マイア・オブ・ポート神父はシンガポールにポルトガル布教団を建設した人物です。

そしてこのサン・ジョセ教会は神父が亡くなる前に残していたお金を使って建てられて教会であったのです。

1906年まではこのサン・ジョセ教会が立っていたのですが、現在のセント・ジョセフ教会を建立するために取り壊しが行なわれたのです。

したがって、現在の建物は1912年に再建されたものです。

外観・内観の特徴としては、八角形の美しいドームと白い礼拝堂が優雅です。

この教会の守護聖人は聖ヨセフであり、教会の柱に聖人の彫像を見ることができます。

3月から4月の期間中に行なわれる聖金曜日にはシンガポールの多くのカトリック教徒がキリストの磔刑像を掲げ、セント・ジョゼフ教会の中を行進することで知られています。

住所 143 Victoria Street

電話 6338 3167

アクセス MRTブギス駅から徒歩約8分

ホームページ http://www.catholic.sg/directory/singapore_catholic_church/church-parish-information/?Ox45Q=6

 

セント・ジョージ教会(Saint George’s Church)/シンガポール日本語キリスト教会

緑が多く閑静な丘・デンプシー・ヒルに建つセント・ジョージ教会は赤レンガが特徴的な協会です。

この教会はもともとタングリン・バラックに野営していたイギリス軍用教会として1860年代後半に建設されました。

現在残っている建物は1911年から使われているものです。

現在は日本人の牧師が管理しているため、日本語で教会に通いたいという日本人信者の教会となっています。

住所 44 Minden Road

電話 8699 7490

アクセス MRTレッドヒル駅からタクシーで約7分

ホームページ http://www.sjcf.org.sg/

 

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4.5シンガポールの宗教的建築物:道教寺院

しばしば仏教寺院と道教寺院には、仏教的要素と儒教的要素が混在・融合していますが、シンガポールの道教寺院の中にはヒンドゥー教の影響を受けているものも見られます。

シンガポール道教は、本国(中国)の道教とはかなりかけ離れたものでもありますが、中国の大伝統としてシンガポール華人には身近な宗教となっているのです。

 

龍山寺(Leong San Temple)

MRTのファーラーパーク駅から徒歩6分ほどの場所、リトル・インディアには龍山寺があります。

この道教寺院は、中国からシンガポールに訪れた道士・轉武大師により1917年に建設された、比較的新しい道教寺院です。

寺院の見た目は赤を基調とした華麗な造りが特徴で、千手観音像や釈迦牟尼仏などが収められています。

また、龍山寺で注目すべきことはヒンドゥー教も影響も見られるということです。

ヒンドゥー教の影響は寺院の造りに顕著に表れており、屋根の上に置物が無数に置かれている点は、道教以外のヒンドゥー教などから受けた影響だと言われています。

住所 371 Race Course Rd

電話 6298 9371

アクセス MRTブーンケン駅から徒歩約11分

 

シアン・ホッケン寺院(天福宮)

高層ビルが立ち並ぶ中、豪華絢爛かつ古き伝統の面影を残すシアン・ホッケン寺院は、1841年慈善家のタン・トックセンにより設立されたシンガポール最古の中国寺院です。

建築様式は中国南部のものに似ており、仏教と道教の図像が同じ場所に収容されています。

1841年以前は小さな祠が同じ場所に立っており、華人が航海の安全を感謝する場所でありました。

1973年には国の記念建造物に指定されました。ホッケンとは福建のことを意味しており、寺院の名前のとおり中国の福建省からやってきた華人により創設されました。

寺院には、この福建省出身の華人が中国本土から運んだ彫刻や神像が納められています。

シアン・ホッケン寺院で祀られているのは船乗りの神“天后聖母マーチュ・ポー”であり、航海前には船乗りたちが安全を祈願する場となっています。

チャイナタウンのテロック・アエア・ストリートに位置し、マックスウェル・フードセンターから少し歩いた場所に佇む寺院です。

このシアン・ホッケン寺院には特徴的な点があります。

それは、寺院内が仏教のスペースと道教のスペースに分かれているという点です。

仏教のスペースは、観音菩薩のために造られたスペースで、この菩薩はマハヤナ仏教徒への哀れみ・慈愛を象徴しています。

※マハナヤ仏教 この種の仏教において、菩薩というのは自分の利益ではなく他者の利益のために悟りを開くことを願っていた人物のことを指します。

住所 158 Telok Ayer Street

電話 6423 4616

営業時間 7:30-17:30

アクセス MRTテロックアヤ駅から徒歩約3分

ホームページ http://thianhockkeng.com.sg/site/

 

福徳祠(Fuk Tak Chi)

福徳祠はシンガポールで最古の中国寺院であり、シンガポール草創期の中国人の生活を知る手掛かりとなる歴史史料が保存されている小さな歴史資料館でもあります。

福徳祠は旅の無事帰還に対する感謝の祈りを捧げた場所として利用されていました。

住所 76 Telok Ayer Street

電話 6580 2888

営業時間 10:00-22:00

アクセス MRTテロックアヤ駅から徒歩約1分

 

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5.シンガポールの宗教問題

シンガポールは様々な宗教が共存する国家ですが、今のところこのような平和が保たれている背景には、政府の周到な政策があるためだと言っても過言ではありません。

このように、宗教の融和が比較的上手く機能しているシンガポールですが、宗教的な問題・人々の疑問が水面下に潜んでいる場合も見られます。

ここでは、シンガポールの宗教融和と水面下での問題について掘り下げて行きます。

 

5.1シンガポールの宗教テロ

国際的な調査機関によって作成されているランキングで、「世界テロ指数」という世界各国のテロ発生危険度を表すランキングがあります。

そのなかでも、タイ・インドネシア・フィリピンをはじめとしたASEAN諸国は高いテロ指数を示しているのもかかわらず、シンガポールは世界的に見てもテロ指数の最も低い国に含まれています。

しかしながら、シンガポールが周辺国におけるテロの脅威にさらされていないとは言い切れません。

近年はアジア各国でテロ抑止の動きが見られ、シンガポールにおいては空港をはじめとした国境で指紋による人物の確認を導入しました。

また、シンガポールに拠点を置くテロ問題研究の権威「政治的暴力・テロリズム研究国際センター」は、中東に渡ったアジアの戦闘員が母国に再び帰還してテロ計画の活動を活発化させる可能性が高いと表明しており、アジア地域におけるテロ発生の増加に懸念を示しています。

2016年8月5日には、バタム島においてインドネシア国家警察がイスラム過激派組織の幹部を含むインドネシア人6人を反テロ法違反容疑で逮捕したとの発表がなされました。

この事件で逮捕された容疑者は「カティバ・ゴンゴン・ルブス(KGR)」というテロ組織に所属しています。

この「カティバ・ゴンゴン・ルブス(KGR)」というテロ組織は、中国から分離独立を目指す新疆ウイグル自治区の「東トルキスタン・イスラム」と呼ばれるイスラーム教組織から何回か資金面で援助を受けていたということが明らかにされています。

つまり、インドネシアのイスラム組織とウイグルのイスラム組織の間に資金ネットワークが存在することが浮き彫りにされたのです。

さらに、KGRは中国からタイ、シンガポールを経由してインドネシアから中東へ渡ろうとするウイグル人の移動を支援しているということも明らかになっています。

つまり、バタム島を中継点として中国と中東の間をウイグル人とその資金が往来しているのです。

このKGRはシンガポールの観光スポットであるマリーナベイ地区を攻撃する計画にも着手していたようです。

KGRの拠点であるバタム島はシンガポールからの直行フェリーや高速船が入港する場所であるため、船を利用したシンガポールへの密入国も容易な環境になっています。

さらに、バタム島はシンガポールの富裕層や外国人観光客が多く訪れる地でもあり、多くの人種や言語が飛び交う環境は過激派が潜伏しやすい場となっています。

 

5.2シンガポールとイスラム国

シンガポールではイスラム国にたいする厳重な注意を国民に呼びかけています。

2015年11月に行われたG20の際、シンガポール首相のリー・シェンロンはインドネシア中部のスラウェシ州北東部沿岸の主要港ポソが、イスラム国の戦闘予備員の訓練基地となる可能性のある地域であるとの見解を示しています。

また、パリで起こったテロ事件がシンガポールにおいても起こり得るということを指摘し、国民に注意を促しています。

氏は「もし彼らが小さな宿営地を設け、ISIS東南アジアとの呼称でも付ければ、テロリスト予備軍が集まる可能性がある」とも述べています。

東南アジアからシンガポール人を含む700人余りがISISに加わるため中東に渡っているということについても触れられています。

シンガポールはイスラム国に対し、敵対的な立場を取ることを表明しており、イスラム国のテロ行為に対する攻撃軍の一員となっています。

その上、海外からやってくる多くの移民を抱えており、日本と比較しておよそ20倍もの外国人を国内に抱えているため、中東からの移民も多くなっています。

それにもかかわらず、シンガポールにおいては東南アジアの周辺諸国と比較して、テロや疑わしい動向は非常に少ない傾向にあります。

このような現状から、シンガポール政府の国民に対する管理や外交の巧妙さの表れだと評価されることが多くなっているのです。

 

5.3シンガポールのムスリムとクリスチャン

ムスリムとはイスラム教徒のことを指し、クリスチャンとはキリスト教徒のことを指します。

世界各地において、しばしばムスリムとクリスチャンの間に相互理解の大きな溝が介在しているケースが見られます。

シンガポールにおいても、ムスリムとクリスチャンの間に対話が必要であるとの見解が存在します。

互いの歩み寄りに関しては、プロテスタント教会よりもカトリック教会側の方が活発であります。

プロテスタント教会側は、対話促進よりも伝道活動を推進したいという意向を示す場合が多く見られます。

また、ムスリムとクリスチャンの問題は、マレー人と華人の民族間の問題でもあるので、あまり触れない方が良いのではないかといった姿勢を示す人々も多いのが現状です。

 

5.4シンガポールの宗教間の融和

シンガポールの学校教育においては、宗教間の分け隔てなく同じ学校、同じクラス、そして同じ教育を受けることが守られています。

また、シンガポールにおいては仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教などの宗教の祝日が国の祝日にも含まれており、他の宗教を信仰する人々も共に祝う機会が設けられているのです。

さらに、シンガポールの独立記念日は宗教を超えて国民が一体になって祝う日となっています。

このような民族・宗教間の融和が上手く機能している要因としては、シンガポール国家自体の面積と人口が小規模であり、政府の力が及ぶということが挙げられます。

また、シンガポールの法律は非常に厳しく政府の指示したこと絶対であるため、宗教間でも争いが起きにくくなっているのです。

また、シンガポールにおいては宗教間の調和を保つために、首相をはじめとした政府要人や各宗教団体の指導者が集まる会合が設けられるなど、各宗教の共存と相互尊重を確認し合う場が重要視されています。

このように、様々な宗教で色濃く覆われているシンガポールですが、政治に関しては政教分離を徹底することを重要視しています。

政治に関する議論や最終決定を行う際は、政府だけでなく、国民も非宗教的で中立的な視座に立ち、民族・宗教を超えた全てのシンガポール国民の立場を考える姿勢が求められているのです。

 

国家の祝日

シンガポールの宗教観融和のための工夫は、国家の祭日から窺い知ることが可能です。

仏教・キリスト教・イスラム教・ヒンドゥー教といった、国民に信者の多い宗教の祭事は国全体の祝日に指定されています。

このように、あらゆる宗教の祭事を国の祝日とすることで、異なる宗教の住民が互いの習慣や価値観を共有できる空間が作り出されているのです。

 

「民族と宗教融和奨励委員会」と「諸宗教交流機関」

独立後、シンガポール政府は宗教間の友好を深めるために、「民族と宗教融和奨励委員会」、そして「諸宗教交流機関」を設置しました。

この2つの機関を通して、広報誌を通じて各宗教の教義を発信し、各宗教団体が異なる宗教の使節を訪問し、共同で慈善活動を行うなど、宗教の垣根を越えた共同活動の機会が与えられています。

 

「宗教調和維持法」

「宗教調和維持法」は1992年に施行されたものであり、宗教間の対立や闘争を厳しく制限する法律です。

この法律では、宗教の対立を煽るような活動・発言をする宗教団体の指導者に内務大臣が活動禁止命令を下すことが規定されています。

「宗教調和維持法」が規定され、政府が宗教間の対立を一層厳しく制限するようになったことには理由があります。

1980年代は世界的に宗教熱が高まった時期であったため、シンガポールにもそのような状況が少なからず影響を与えました。

表面的なものに過ぎなかったとはいえ、この時期にはシンガポール国内の宗教間に摩擦が見られ、また同じ宗教内でも対立が起こるような状況でした。

このような現状に政府は危険を察知し、「宗教調和維持法」を施行したのです。

 

IRO(Inter-Religion Organization)

シンガポールにはIROという各宗教が加入する組織が存在します。

加入している10の宗教は仏教・イスラーム教・ヒンドゥー教・キリスト教・ゾロアスター教・バハーイ教、ジャイナ教、シーク教、道教、ユダヤ教です。

この組織は1949年に発足したものであり、シンガポールにおける宗教間の調和を強化してきました。

WCRP(世界宗教者平和会議)の国内委員会の一つでもあります。

WCRPとは、ニューヨークに本部を置いた国際NGOの組織です。

世界90カ国の加盟団体を抱えており、諸宗教の協力を通して紛争和解や平和構築活動を展開しています。

 

リー・クワンユーの功績

宗教観の融和については、シンガポール元首相であるリークアンユーの政策が大きな影響を持っています。

彼は″良い政府″の要素として7つ挙げましたが、その中で「民族、言語、宗教にかかわらず、人を差別しない」という項目が含まれています。

このようにシンガポール政府は宗教融和を守ることを目的として、非常に厳しい態度を取っているため、シンガポール社会は宗教問題に過剰に敏感であり、個人の発言・議論の自由を奪っているという考えを持つ人も少なくありません。

 

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6.シンガポールの宗教と祝日

シンガポールは日本と比べて祝日が少なく、年間で10日しかありません。

しかし、多民族国家ならではの宗教色の強い祝日が多く、シンガポールという国の複雑さや多様性に改めて気付かされます。

それぞれの宗教の祭事がシンガポール国民全体の祝日として設定されていることから、異宗教・異文化間の相互理解や相互尊重を徹底するシンガポール政府の姿勢を垣間見ることができます。

また、シンガポールにおける各宗教の祝祭として特徴的なのは、その宗教が誕生した土地では現在既に失われている文化が、移住先のシンガポールで生きている事例が多く見られるという点です。

例えば、後ほど各項目で詳しく説明しますが、ヒンドゥー教のタイプ―サムや中国の道教にちなんだ祭事などがその代表例です。

 

6.1シンガポールの祝日:仏教

ベサック・デー(釈迦誕生祭)Vesak Day

べサック・デーは旧暦の4月15日に祝う祭りであり、シンガポールの国の休日となっています。

仏教とにとっては一年で最も大切な日であり、タイでは「水掛祭り」、日本では「花祭り」と呼ばれている日に当たります。

しかし、お釈迦様の誕生日は旧暦の4月8日となっています。

基本的にはべサック月の満月の日が釈迦誕生の日とされています。

べサック・デーには仏教寺院に花・果物などのお供え物を持ち寄った仏教徒が集まり、親しくしている者の間で贈物を交換する習慣があります。

千燈寺院や光明山普覚寺には、沢山の仏教徒が訪れ、信者たちが、三歩一拝の礼法で参拝する姿が見られます。

 

6.2シンガポールの祝日:イスラム教

ハリ・ラヤ・プアサ(イスラム断食明け) / Hari Raya Puasa/ハリ・ラヤ・プアサ(振替休日)

ハリ・ラヤ・プアサは断食月(ラマダーン)が明けたことを祝う祭りの日です。

ハリ・ラヤ・プアサはアラビア語では「イードルフィトル」と呼ばれています。

「ハリ」は「日」、「ラヤ」は「すばらしい、めでたい」、「プアサ」は「断食」という意味を持ち、ハリ・ラヤ・プアサとは「断食明けのめでたい日」という意味なのです。

断食明けの日には、無事断食の行を終えたことを神に感謝するためにモスクへ特別な祈りをしに行き、次に両親の家を訪問します。

イスラム教徒はその年に犯した罪に対する許しを年長者から請うことがしきたりとなっているためです。

親戚や友人の自宅を訪問し合います。

そして、お互いの犯した罪を許しあう挨拶をし、共に食事をします。また、子供たちにはドゥイハリラヤというお年玉のようなものが配られます。

 

ハリ・ラヤ・ハジ(メッカ巡礼祭) / Hari Raya Haji

ハリラヤ・ハジとはイスラム教最大級の祭典です。

この祝祭は、東南アジアの中でも、イスラーム教信仰の強いシンガポール・インドネシア・マレーシアにおいては国家の祝日となっており、各地で盛大に行われている祝祭です。

ハリ・ラヤ・ハジはイスラム教の聖地・メッカに信者が巡礼する期間の最終日に開催され、古くから羊・山羊などの家畜を神・アラーに捧げ、皆で分かち合う伝統的な風習が続いています。

この日はちょうどラマダンと呼ばれる断食月が終わった70日後に当たる月であり、メッカ巡礼の最終日に行われるために「巡礼祭」とも呼ばれています。

ハリ・ラヤ・ハジの日には、あらゆる地域のモスクに男性のイスラム教徒が集い、アラーに祈ります。

このように、モスクにおいては厳かな儀式が行われている一方で、シンガポールの街中は、祝祭の賑わいの華やかな雰囲気一色で包まれます。

街の至る場所に、煌々ときらめく装飾やライトが取り付けられ、シンガポール国内のモスク周辺は多くの人々で賑わっています。

ハリ・ラヤ・ハジの日に限って特売を行う店や、イスラムの伝統的な食事を提供したりする出店などが立ち並びます。

このような街中で大々的にハリ・ラヤ・ハジの祝祭が行われていることで、宗教を超えて喜びを分かち合う雰囲気が生まれるのです。

もともとハリ・ラヤ・ハジは唯一神・アラーへの忠誠を誓う日であるだけでなく、イスラムの教えにおいて重要な″富の分配″を改めて心に留める日でもあります。

シンガポールという異宗教・異民族の多い国においてこのようにハリ・ラヤ・ハジが街中で祝われるということは、イスラムの教えが宗教を超えて適用されているということを意味しています。

イスラム教徒のコミュニティにおいては、モスクでの祈りを終えた後に、神への忠誠の印として自分の息子を生贄にしようとしたイブラーヒームの話をもとに、牛・山羊・羊を生贄として神に捧げます。

生贄として殺された牛・山羊。羊の肉はイスラーム教の「富を分かち合う」という教えに沿って、同じイスラム教徒の中でも最も貧困に苦しむ家庭に贈られるのです。

 

6.3シンガポールの祝日:ヒンドゥー教

ディーパバリ

ディーパバリはヒンドゥー教徒にとっては1年の催事のうち最も重要な祭典です。

この祭典は例年10月ごろに開催されます。

夜間のリトルインディア(セラングーン通り)はライトアップされ、ストリートカーニバルで活気付きます。

というのも、ディーパバリは「Festival of Lights(光の祭典)」であり、「光」が重要な役割を果たしているためです

この「Festival of Lights」の由来は、家臣たちが主教である善の象徴の神・クリシュナに助けを求め、クリシュナが悪の象徴であるナラカスラの独裁政治を倒したところ、その夜は新月であったため、家臣たちがランプの光でその勝利を祝い迎えたということにあります。

ディーパバリを祝う寺院のなかでも、特にスリ・スリニバサ・ペルマル寺院は豪勢で圧巻なことで有名です。

 

タイプ―サム

タイプ―サムはヒンドゥー暦10月(毎年1月から2月あたり)に開催されるお祭りです。

この祭事はシンガポールだけでなく、マレーシアにおいても行われています。

元来は南インドのタミル人の伝統行事であったため、タミル系の移民の多いシンガポール・マレーシアで今もその習慣が根を下ろしているのです。

しかし、あまりにも過激な苦行の祭事であるため、インド本国では開催禁止となっています。

若さや力の象徴であり悪を打ち破る神スブラマニアム(別称ムルガン神)に病気の治癒を願い、病気が治癒した場合には、体に針や串を刺して忠誠を誓い、感謝の証として体中に牛糞の灰を塗って、リトルインディアのスリ・スリニヴァサ・ペルマル寺院からタンクロードのスリ・タンダユタパニ寺院まで3kmの道のりを練り歩くのです。

クジャクの形をした巨大な貢ぎ物の装飾であるカヴァデイを背負う人も見られます。

この様な行進は、タイプ―サムのメインイベントとなっており、「重責のダンス(Kavadi Attam)」という呼称を持っています。

信者はこの祭りでトランス状態の神の化身となり、体に針・串を刺していても痛みも感じないそうです。

 

6.4シンガポールの祝日:キリスト教

クリスマス

日本と同じように、シンガポールにおいても、クリスマスは人種と宗教を超えて祝われている祝祭です。

常夏の気候でありながらも、街中ではクリスマスの装飾や、イルミネーション、店舗ではクリスマス用のプレゼントが見受けられ、クリスマス一色に染まります。

特にオーチャードロードなどの繁華街に立ち並んでいるビル群は「ベスト・イルミネーション賞」を競い、豪華絢爛なイルミネーションで町中が飾られます。

 

グッドフライデー

グッドフライデーは日本語で「聖金曜日」と訳され、イエス・キリストが受難を受けた日、つまりゴルゴタの丘で十字架にかけられた日のことを指します。

受難を受けた日にこのような呼び名を付けるのは不謹慎ではないかと思いますが、イエス・キリストが人間の罪のために身代わりになって十字架に架けられたことで、人間の罪は神に赦され救われた、という喜びに溢れる日であるためにこのような呼称で呼ばれているようです。

しかし、グッドフライデーという呼称の由来には諸説あるようで、中には「God’s Friday」が訛って「Good Friday」と呼ばれるようになったという説もあります。

ちなみに、イエス・キリストはこの3日後に復活し、この日はキリスト教徒の間ではイースター(復活祭)として祝福されます。

グッド・フライデーは春分の日を終えた後の満月直後の金曜日に当たり、年にとり変動する祝祭日です。

この日にはシンガポールのキリスト教徒は教会に集い、神に賛美歌や祈りを捧げ、罪深い人間の身代わりになって亡くなったイエス・キリストへ感謝の気持ちを表します。

 

6.5シンガポールの宗教色のない一般的な祝日

シンガポールの祝日には特に宗教色のないものも含まれています。

民族性もあまり見られませんが、中国正月は中国色の強い祝日です。

人口の多くが中華系の人々であるため、本国である中国の文化が根強く定着しているのです。

 

中国正月とその振替休日

シンガポールは華人の比率が非常に高いため、旧正月も盛大に祝われます。

旧正月はシンガポール各地で、祝いの色である赤を基調とした装飾が施され、数多くの店も休業します。

チャイナタウンでは日没後にライトアップが施され、屋台が多く出店されるため、買い物客で多く賑わいます。

また、ショッピングセンターやオフィス街などでは獅子が現れ、銅鑼の音とともにライオンダンスが披露されます。

このライオンダンスは商売繁盛の願いが込められたものです。

さらに、マリーナ地区ではチンゲイパレードと呼ばれる華やかなパレードが行われます。

 

独立記念日

シンガポールの独立記念日は毎年8月9日に盛大に行われます。

独立記念日当日には式典において首相が今後のシンガポールの目標と戦略を発表し、式典後にそれらを実現するためのプロジェクトに着手します。

独立記念日の式典の場で、多種多様なバックグラウンドを持った国民に向けて、政府の方針を明確に示すことで、民族・宗教を超えた協力体制を推進しているのです。

また、8月に入る前から建国記念日に向けて周到な用意が行われており、7月の間は毎週土曜日ごとに花火が打ち上げられます。

土曜日には一部の道路を閉鎖し、大々的に式典のリハーサルを行い、戦闘機が空を飛び交います。

シンガポールの軍隊は独立記念日の数カ月も前から式典に向けて、出し物の練習を行うのです。

軍隊だけでなく、子供も独立記念日に備えて出し物の練習を数カ月前から行います。

 

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7.シンガポール 各宗教の食事

シンガポール現地の人々は自炊することが少なく、安価で手間のかからない外食に頼っています。

そのため、シンガポールにおいてはフードコートや屋台などの外食産業が栄えているのです。

また、シンガポールは様々な宗教を信仰する人々が集まった場所であるため、各宗教のタブーや戒律を守った宗教色のある食品も多く見受けられます。

 

7.1シンガポールの宗教:仏教徒の食事

シンガポールにおいては、仏教徒も宗教上の理由から牛肉を食べないことがあります。

このような光景は敬虔な仏教徒であるほど見られます。

最近の若者には、食事制限を行うほど仏教の教えを守り抜く信者は見られませんが、彼らの親の世代までは仏教の教えを基に食事制限も行う人にとが多いのです。

仏教徒が牛肉を食べない理由は、殺生の禁止にあります。

仏教には殺生行為を避けるために、精進料理が発展してきた歴史があります。

 

7.2シンガポールの宗教:イスラム教徒の食事

シンガポールでは「ハラールマーク」のついた食材を目にする機会が多くあります。

「ハラール」とはイスラム教で禁止されている豚肉やアルコール類を一切含まない、イスラム教の教えに基づいた合法的な食材を使用したものもことを指します。

したがって、「ハラールマーク(ハラ―ル認証)」とはイスラーム教の教えを守った合法的な食品に表示されているのです。

イスラム教の断食(ラマダーンと呼ばれる)明けの祝祭であるハリラヤ・プアサにおいては、クトゥパと呼ばれる芋に似た食感の白飯が食べられています。

クトゥパはヤシの歯で編み込んだ包みで覆われ、ハリラヤ・プアサに近くなる時期にはコンビニ・スーパーなどの店頭に並びます。

シンガポールの料理はマレー系の料理で肉を多用しますが、イスラム教においては豚肉を食べることが禁止されています。その代わり、鶏肉・羊肉・牛肉は許されています。

シンガポールのイスラム教徒に親しまれている料理としてサテが挙げられます。

インドネシア料理として有名なサテは、鶏肉・羊肉・牛肉をケチャップマニスと呼ばれる甘い醤油にハーブを入れたものに漬け込み、炭火で焼いたものをピーナッツソースにつけて食べます。

クトゥパと一緒に食べることの多い料理ですが、このサテはシンガポールの名物料理でもあります。サテは屋台で見かけることが多く、気軽に食べることのできる地元料理として現地の人々に親しまれています。

シンガポール国立博物館によれば、サテの語源は南インドのタミル語で肉を示す「サタイ」が起源となっているようです。

西アジアのケバブがその起源で、大航海時代にタミル系のイスラーム商人を通して現在のシンガポールにも伝わったと言われています。

 

7.3シンガポールの宗教:ヒンドゥー教徒の食事

ヒンドゥー教では、聖獣である牛肉の摂取が禁じられています。

したがって、肉を食べる場合にはチキンかマトンを摂取します。

豚肉にはあまり食べられていません。

食事は敬虔なヒンドゥー教徒とそれほど宗教の教えに厳格ではないヒンドゥー教徒で異なります。

敬虔なヒンドゥー教徒の場合は牛肉のみならず、一切の肉を避ける菜食主義者である場合が多いのです。

菜食主義のヒンドゥー教信者はタンパク質をダール(豆)から摂取しています。

したがって、敬虔なヒンドゥー教徒の家庭においては豆料理が頻繁に食べられていることが特徴的です。

しかし、約70%のヒンドゥー教信者はチキンやラムなどの肉は食べても良いという立場を取っています。

 

<レストラン>

アンナラクシュミ

アンナラクシュミは北・南インドの伝統的なベジタリアン料理店です。

好みのものを好きなだけ食べて、自分の気持ち分の金額を払うシステムを導入しています。

金~日曜・祝日はビュッフェ形式、それ以外の曜日はアラカルトとして注文できます。

www.annalakshmi.com.sg

 

コマラ・ビラス

こちらも北・南インドスタイルのベジタリアン料理店です。

1947年に設立されました。ライスやチャパティー(インドのパン)メニューが中心となっています。

コマラ・ビラスの2軒先には穀物や果物などを混ぜて作ったハルヴァなどのお菓子を提供する系列店もあります。

http://komalavilas.com.sg

7.4シンガポールの宗教:キリスト教徒の食事

キリスト教には、特に食事制限がありません。

 

7.5シンガポールの宗教:道教徒の食事

精進料理

道教においては殺傷が禁じられているため、肉や魚を食することや、ネギ・ラッキョウ・ニラ・ニンニク・タマネギなど「葷(くん)」と称される強いにおいを発する野菜を食べることが禁止されています。

したがって、このような食品を避けた食事は「禁葷食」と呼ばれています。

この「禁葷食」は元来仏教のものでありましたが、道教にも取り入れられました。

 

7.6シンガポールの宗教と食産業

ハラール

シンガポールのレストランやスーパーでは「ハラール認証マーク」をよく見かけることがあります。

このハラールという言葉は、イスラーム教において許容される「健全な商品や活動」のことを意味しています。

したがって、イスラム教徒は、ハラールとして認証された飲食物ではないものを口にすることを許されていないのです。

ハラールではないものとしては、代表的に豚肉・血液・酒などが挙げられます。

また、ハラールと聞けば食品を思い浮かべますが、食品だけでなく化粧品や医薬品、サービス業にもハラールの概念は存在しています。

ハラールであるか、ハラールでないかという基準の判定は各国・各地域により異なっています。

というのも、この基準の設定は国ごとの各々の認証機関が定めることになっているためです。

シンガポールにおいては、MUISという機関がハラール認証を担当しています。

国ごとに異なる基準を持ったハラール食品を輸出する場合についてですが、シンガポールはマレーシア・インドネシアとの合意や中東6カ国により結成されている湾岸協力会議(GCC)と自由貿易協定(FTA)を結んでおり、この自由貿易協定によってMUISのハラール認証は貿易相手国においてもそのまま適用されることになっているのです。

このような仕組みは、シンガポールのハラール食品を輸出しやすくしているといえるでしょう。

一方で、日本をはじめとする非イスラム圏においては、国に権威のあるハラール認証機関が無いため、いくつかの機関がそれぞれにハラール認定を行っている場合が多くなっています。

このように、多数の機関による多数の基準が存在することで混乱を招いてしまうので、イスラム協力機構(OIC)は世界統一基準を定めようと取り組んでいます。

 

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8.シンガポールの各宗教とタブー

シンガポールは多様な宗教が同じ空間に集まっている場所であるため、各宗教の宗教的タブーを確実に理解し、自分の行動が相手の宗教の禁忌に触れないように注意することが恩手の宗教への敬意を示すことになります。

基本的なこととして寺院や教会など神聖な場所を見学する際は、騒ぎ立てるような行為は各宗教共通して禁止されています。

また、ショートパンツなど肌の露出部分の多い服装は禁止されています。

 

8.1シンガポールの各宗教とタブー:仏教

仏教において頭を撫でることは、禁じられています。

なぜならば、頭は最も神聖な場所として考えられているためです。

また、女性は僧侶に触れることが許されていません。

触れてしまった場合は、その僧侶が積んできた修業が全て水の泡と化してしまうためです。

飲酒もタブーとされています。

というのも、仏教においては苦や煩悩に満ちたこの世で、安定した心の平安を得ることが理想であるとされ、その手段として八正道が必要であるとされたためです。

飲酒は心の平安を得るための正しい行いを惑わすものとして考えられているために、禁止されているのです。

 

8.2シンガポールの各宗教とタブー:イスラム教

モスクの門の前では必ず靴を脱ぎます。

そして、女性が寺院に入る際には、スカートやショートパンツなど露出の多い服装で肌を出すことは禁止されています。

これは、イスラム教徒に限られたことではなく、信者以外の一般の寺院観光客にも当てはまります。

また、一般的に寺院内に動物性の皮製品を持ち込むことも禁止されています。

イスラム教においてはアルコールの摂取が禁止されています。

聖典であるコーランには「酒は心を乱す飲み物であり悪魔の業であり、これを避けなさい」と記されています。

イスラム教創設以前、そしてイスラム教創始期において飲酒による生活態度の堕落やイスラム教徒の義務の放棄が頻繁に見られたため、禁酒がタブーとして定められたのです。

また、左手はイスラム教において不浄なものとされています。

特に食事をするとき、物を受け渡す際には右手を使うように注意しましょう。

小さな子供の頭をなでることもタブーとされています。頭は体の中で最も神聖な場所だと考えられているためです。

また、イスラム教においては豚肉の摂取は禁止されています。

ただし、すべての場合において豚肉を食べてはならないとは限りません。

実際、コーランの第173章には「それとて、自分から食い気を起こしたり、わざとそむこうとの心ではなくて、やむを得ない場合は、別に罪にはなりはせぬ」、第195章には「われとわが身を破滅に投げ込んではならぬ」と記されています。

そのため、豚肉しか食するものが無く、食べない場合は餓死してしまう場合には、豚肉の摂取が許されています。

豚肉以外であっても、殺し方が正しい手順によって行なわれない限り、食べてはならないとも定められています。

そのため、イスラム教徒はコーランの戒律に忠実に処理された「ハラールフード」を摂取しているのです。

 

8.3シンガポールの各宗教とタブー:ヒンドゥー教

牛肉は食べません。ヒンドゥー教においては牛肉を摂取することが禁忌となっています。

もともとヒンドゥー教では牛は世界の破壊の神であるシヴァ神が乗っている動物であるとされています。

神をお連れする生き物であるため、神聖視されているのです。

したがって、牛を殺すことはおろか、それを食することは固く禁じられているのです。

また、ヒンドゥー教では殺生全般が禁止されているので、他宗教と比較して菜食主義者が多いのも現実です。

動物の殺生が禁止されている理由としては、先祖の魂が動物として生まれ変わっている可能性があると考えられていることが挙げられます。

ただ、例外もあり、祭事の際に生贄として神に山羊の肉を捧げる際には、神から授けられたものとして食する場合もあります。

また、卵類は生命の源として考えられているために、摂取しないヒンドゥー教信者も存在します。

このように、食べ物の禁忌が多いヒンドゥー教ですが、全ての信者が菜食主義者であるということではありません。

むしろ、70%ほどの信者はある程度、鶏肉やマトンなどの牛肉以外の肉も摂取しています。

信者によってどこまで宗教の戒律を守るのか、その度合いは個人によ異なるのです。

寺院へ上がる時には靴を脱ぎます。

ヒンドゥー教において左手は不浄なものと考えられているので、食べ物を手に取って食べる際には必ず右手を使用します。

また、ヒンドゥー教においてもイスラーム教と同じように、子供の頭を撫でてはいけないという決まりがあります。子供の頭には神が宿っていると考えられているからです。

 

8.4シンガポールの各宗教とタブー:キリスト教

キリスト教の教会内は神聖な場所であるため、あまりに露出の多い衣服は禁止されています。

女性は長袖やスカーフで肌を隠し、男性も長ズボンを身に付け、帽子は脱ぎます。

教会によっては、写真撮影が禁止されている場合があるので、写真を取る際には必ず撮影可能かどうか確認を取る必要があります。

教会堂内で騒ぎ立てることも禁止されています。

また、キリスト教においては日曜日は安息日と定められています。

そのため、相手がキリスト教徒の場合は早い時間帯に訪問することは好ましくありません。

 

9.シンガポール華人の宗教

シンガポールで最も多い人種は中華系の人々です。

 

9.1シンガポールにおける仏教・道教・儒教の混在

中国大陸本土以外の華人社会では、たいてい「三教複合宗教」と呼ばれる宗教が信仰されています。この「三教複合宗教」とは儒教・仏教・道教が混合した宗教で、1つの寺院に道教の関帝や媽祖の像、儒教の孔子像、仏教の地蔵や観音像が安置されるという特徴が挙げられます。このような景色はシンガポールのシアン・ホッケン寺院をはじめとした多くの寺院で目にすることができます。

しかしながら、この「三大複合宗教」の一要素として数えられている儒教は、道教や仏教と比較すると、華人社会においては影が薄いものです。

その理由は二つあります。

一つには、移住民は先祖ゆかりの地である故郷を捨て、親族とも離れて見知らぬ地に移住したために、先祖崇拝を重んじる儒教の教えとは全く異なる生き方をしているということです。

もう一方の理由としては、儒教では「礼」が重んじられ、これを重要視していた中国の上流階級に属する人々は移住者にはあまり含まれていなかったということが挙げられます。

このような理由から、シンガポールにおいては、儀礼や慣習としての儒教は人々の間にあまり定着していません。

しかし、儒教の思想的影響は軽視することのできないものであります。

儒教的な道徳体系は未だ人間関係の面で浸透しており、また日常生活において多く使われる諺の類は儒教道徳と深く関連しているのが現状です。

 

9.2華人とシンガポールのシャーマニズム

東南アジアにおける華人社会には、多くの場合″タンキー″と呼ばれる宗教者が存在します。

タンキーとは福建語で「占いをする若者」という意味があります。

性別、国籍、年齢にかかわらず、神から選ばれることによりタンキーとなるので、自らが望んでその職に就くことは不可能です。

このタンキーにより儀礼がおこなわれる際、祭壇に祀られた神の像から神霊がタンキーへと乗り移り、神の魂が入り込んだタンキーは神の意思を一般の人々に伝えます。

これは、神との直接交流を意味する行為であり、神との交信によって信者に助言を与え、病の治癒をはかるシャーマニズムと呼ばれるものに分類されます。

タンキーは場所と時を問わず神に憑依されるものですが、多くの場合儀礼を行う最中に神の降臨が知らされます。

ただし、儀礼を行う際に、整理中・妊娠中の女性やある干支に生まれた人がタンキーの近くにいる場合、神の降臨が妨げられます。

 

・マラヤの霊媒信仰

マラヤにおける霊媒信仰はイギリス行政府により寛大に扱われてきたため、霊媒信仰が様々な迫害を受けてきた本国・中国よりも発展することが可能となりました。

 

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10.多民族国家シンガポールの宗教に関するまとめ

普通は民族によって主となる宗教が異なるため、これだけ多岐にわたる宗教や文化を持つ国は珍しいかもしれません。

シンガポールでは中国系の人口が多いということもありますが、もともと移民が多く他の民族の宗教を取り入れていく姿勢が強いとも言えるでしょう。

小さな問題や衝突はあるにせよ、世界の縮図を見ているようで、シンガポールの宗教に関する政策は他国が見習うべきものも多いです。

シンガポール滞在の際は、ぜひこうした宗教観に触れ、シンガポールの文化を肌で感じてください。

 

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